物語学の森 Blog版 『紫式部日記絵巻』研究の忘れもの
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『紫式部日記絵巻』研究の忘れもの
2020-07-21 Tue 12:00
 久保さんの『紫式部日記論』では、『紫式部日記絵巻』に関する言及は一箇所のみ(第二部第十一章「『紫式部日記』断片記事三編の行方」(初出2012年、222-223頁))だが、「十一日の暁」の条、土御門殿御堂の大懺悔、後夜の勤行のあとの「舟遊び」と日野原本『紫式部日記絵巻』第二段絵の絵解きがあり、これまた有益である。

 この「十一日の暁」の条には「日の出前の月の出」が描かれることという日付の問題があり、萩谷『全注釈』ですでに既往の十四説に検討が加えられ、『全注釈』は寛弘五年五月二十二日説を導き出した。くわえて、久保さんは当該書の開扉にこれを問題として七説を上げている(第一章「『紫式部日記』の成立、5.6頁)。
 寛弘5年5月5日 稲賀敬二
 寛弘5年5月22日 萩谷朴
 寛弘5年5月23日 金子武雄第二案、池田健夫
 寛弘6年5月21日 今井卓彌 
 寛弘6年6月21日 岡一男
 寛弘6年9月11日 金子武雄第一案、中野幸一、藤本勝義

これの当否について久保さんは、特定は避けつつも、これを二十日過ぎの記事として、引用された白詩「海漫々」の意味するところを分析したのである。そして、「他者の視線にさらされるのはふさわしくない(230頁)」記事であるというを結論を導きつつ、以下のように述べている。

 我々の前に伝えられた『日記』は、以上に見たように推敲前または推敲過程にあった草稿本だったと考えることによって、消息文の後に位置する不調和な断片記事三編の存在が説明できるのではないだろうか。 233頁

 この場面は、直前も連続して絵画化されているので、『紫式部日記絵巻』成立以前に『紫式部日記』が現行形態にあったことが類推される。現存絵巻・詞書のべ27段が認められ、絵画化の難しい消息体評論を除き、現行『紫式部日記』の撰題50と見るのが、先に「『紫式部日記』研究の忘れもの」として紹介した萩谷朴「『紫式部日記』の古筆切と写本」『古筆と源氏物語』(八木書店、1991年)である。
管見の及ぶ限り、本論文の言及を見ないのは遺憾であるが、論文の要点を以下に記す。
○『明月記』貞永二(1233)年三月二十日条を分析して、『紫日記』『更級日記絵』の施主、絵画、詞書の筆者を以下のように推定した。
イ(編纂指示の施主)後堀川院 ロ(題目選定の撰者)承明門院(後鳥羽上皇妃在子) 
ハ(題目清書の担当者)不詳なるも在子自身か ニ(絵画の筆者)不詳。或いは在子自身か。
ホ(詞書の筆者)通方 ヘ(題材、規模・構成)『紫日記』『更級日記』の二本立て  191頁 

 これは田渕句美子氏によって、定家自筆本『紫日記』に傍書「宜秋門院被書」のあることが指摘された。詞書は通方とあるので、ハの題目清書と考えられることは既に記したところである。
○『明月記』当該条の『紫日記』と定家の息女・民部卿典侍・因子が式子内親王から下賜され、定家がさらに竴子に献上した『月次絵』のうち、五月の紫式部日記暁景気は同一の『日記絵』ではなく、前者『紫日記』が現行『紫式部日記』(萩谷説-本『紫式部日記』)の絵巻化、後者『紫式部日記』「暁景気」は前『紫式部日記』をプレテクストとした絵巻と弁別していること。  

○『明月記』当該条の『紫日記絵』は現存する『紫式部日記絵巻』そのものである。また『月次絵』五月の「紫式部日記」は前『紫式部日記』を絵画化したものであると規定したこと。現存絵巻の従来説は、九条道家が施主で新たに作成されたとされていた。すなわち、『明月記』の絵巻記事の日と時を同じくし、皇子出産の二月十二日から五十日の祝い四月八日の間、九条道家も藤原道長のように天皇の外祖父になることを望み、娘の竴子も藤原彰子のように将来の天皇を生んでくれることを願って新たに制作されたというものであった(源豊宗「『紫式部日記絵巻』の研究」「人文論究」1956年7月、小松茂美「『紫式部日記絵詞』-中宮竴子後宮」『日本の絵巻 紫式部日記絵詞』中央公論社、1987)。

○古代学協会藏、傳清水谷実重筆『紫式部日記絵詞』、萩谷旧蔵、現古代学協会藏、傳輪転法殿実重筆『紫式部日記絵詞』断簡はツレであり、現存『紫式部日記絵詞』の後代書写本である。

○現存『紫式部日記絵詞』本文、古代学協会藏「絵詞」断簡はともに、現存日記本文より極めて優位な本文である。

 近刊の『紫式部日記・集の新世界』所収の川名淳子「『紫式部日記絵巻』の視点-描かれた紫式部像」も、道家・竴子周辺成立説を「通説」としている。確かに「通説」ではあるが「定説」ではない。この忘れ物を再検討する必要があるように思われる。

  


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