物語学の森 Blog版 定家本「若紫」巻出現以後の研究動向覚書
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定家本「若紫」巻出現以後の研究動向覚書
2020-07-16 Thu 10:36
 特集「文献学をとらえ直す」「日本文学」2020年7月で気になる記述があったので私見を記す。曰く、

 今回の特集からは、池田亀鑑が提唱した原本復元を目指す「文献学」の限界が確認されました。(和田)「後記」

 いうまでもなく、「池田亀鑑が提唱した原本復元を目指す「文献学」の限界」についてである。特集担当の和田琢磨氏には誤解があるようだが、「祖本」は「編著された当時のテキスト.原本,元本ともいう」『図書館情報学用語事典』であるから、『源氏物語』の場合、紫式部草稿本と監督浄書本の二種が祖本で、ともに現存しない。また青表紙本の共通祖先(宗本)は四半本定家本のこと。六半本本文は継承されていないので、『源氏物語』が遡れるのは定家本までであるから、200年の時間的懸隔が横たわり、原本再建はとうてい不可能である。
 また池田亀鑑は、あるゆる古典文学の「原本復元」が可能であると述べてはおらず、『土左日記』においてのみ、これが可能な古典であったというに過ぎない。
 このことは、わたくしも「『源氏物語』校訂本文はどこまで平安時代に遡及し得るか」『古典文学の常識を疑う』勉誠出版、2017年に祖述したところであり、『源氏物語』の本文研究者にとっては自明の事柄である。
 ところが、学界の一部には、『源氏物語』の原本復原を志向したのが、池田亀鑑の文献学だと誤解されているようである。このことは、加藤昌嘉氏の研究史整理によって、橋本不美男の概念規定であったことが判明する。曰く、

 どうも、橋本の頭の中には、アーキタイプという概念が存在しないようである。池田亀鑑が言う「原型再建」が、諸本のアーキタイプに遡ることまでしか意味していなかったのに対し、橋本不美男の言う「原典復原」は、原作者オリジナルの再構築を意味している

 となると、むしろ、和田氏の説述は「池田亀鑑が提唱した」を「橋本不美男の措定した」「原本復元を目指す「文献学」の限界」とすれば、書誌学用語と概念規定の誤謬継承の理路が、和田氏の学統(ー橋本不美男は早稲田で教鞭を執っていた)から類推されるのである。
 以下、加藤昌嘉氏の研究史整理を引用する。

加藤昌嘉「原型/原文/原本/原典/祖本オリジナル/アーキタイプ」「研究用語の再検討」加藤昌嘉編『物語の生成と受容3』国文学研究資料館、2008年。

 池田亀鑑『古典の批判的処置に関する研究』(岩波書店、1941年)においては、諸本を集め、異文を検査し、本文の系譜を建設することによって、その源にある「原型(アルヘテイプス)」が再建できる、と説かれている。そして、『土左日記』の場合に限り、その「原型」と「原作者の原手記(原文)(オリジナール)」が幸いにも一致する、という。逆に言えば、『源氏物語』であれ、『枕草子』であれ、通常は現存諸本の大元に位置するアーキタイプarchetype(原型)と原作者自筆のオリジナルoriginalとは別存在なのであり、「あらゆる知識を以てしても証明することの出来ない困難な晦冥の部分が横はつてゐる」のである。
 また、萩谷朴『本文解釈学』(河出書房新社、1994年)においては、概念こそ上述のそれに等しいが、アルヘテイプス(アーキタイプ)に「宗本」という訳語が当てられ、オリギナール(オリジナル)に祖本という訳語が当てられている。『日本古典書誌学辞典』と逆になっているわけだ。
 一方、橋本不美男『原典をめざして』(笠間書院、1974年)においては、『土左日記』の貫之自筆本「原典」「原本」と呼ばれ、勅撰集の奏覧本が「原典」「原本」と呼ばれている。共に、上述した意味で用いられており、『日本古典書誌学辞典』の概念に近いようだが、どうも、橋本の頭の中には、アーキタイプという概念が存在しないようである。池田亀鑑が言う「原型再建」が、諸本のアーキタイプに遡ることまでしか意味していなかったのに対し、橋本不美男の言う「原典復原」は、原作者オリジナルの再構築を意味している。
 もとより、系譜を建設し原型に遡るという方法そのものに根源的な問題のあることは小西甚一「本文批判と国文学」(『文学』1968年2月)「本文批判と方法大系」(『日本文学の視点と諸相』汲古書院、1994年)などがある。
 
 また、萩谷説の核心部分も引用しておく。

萩谷朴『本文解釈学』河出書房新社、1994
 4 本文学の二面性
然しながら、「原本に最も可能的に近い本文」というマースの言辞は、結局、原本に無限に近付くもの乃至は原本そのものを指すのであるが、古代の古典作品を対象とする限り、そのような僥倖は先ず以て望み難い。例えば、日本の古典作品について言っても、諸本を統合して、その上に立つ共通祖先を推定した結果、ほぼ原本と同一の形の本文を再建し得た『土佐日記」の例 (池田亀鑑著『古典の批判的処置に関する研究』昭和16年2月)などは、頗る稀に見る幸運と言わねばならない。そこで、通常は、本文批判の目標は、原本の再建から、現存諸本の原型への遡及にまで、引き下げられることとなる。
原本( Original 、これを私は祖本と呼ぶ)と原型( Archetyps ,これを私は宗本と呼ぶ)との関係は、一言にして言えば、現存諸本の共通祖先が宗本であり、その唯一絶対の宗本が祖本となるわけである。18頁

 なお、当該特集には、『源氏物語』の原本再建が、新発見の定家本「若紫」巻から可能になる旨の誤った報道が巷間に流布したことについて、佐々木孝浩氏が警鐘を鳴らしている(「『源氏物語』本文研究の蹉跌ー「若紫」帖の発見報道をめぐって」)。『源氏物語』の原本再建がほとんど不可能であることは研究者に自明と記したところではあるが、佐々木論文中、阿部秋生、上野英子氏は、このことに言及していることも俎上に上せられていることに注意したい。

 また、「朝日新聞」特集記事「「若紫」、定家の探求 源氏物語、5冊目の「青表紙本」」(2019年10月28日東京本社版)での定家本の本文特性についてのコメントも記憶に新しい。

「新出の定家本の意義について、定家が直接監修・校訂した点を強調する。定家本と大島本を比べると、ストーリーの内容に大きな違いはないようで、仮名や文字の使い方、表現の細部に違いがみられる。大島本に表現される「よろしう」は、定家本では「よろしく」。大島本で「いかかたはかりけむ」(いかが謀〈たばか〉りけむ=どのようにはかりごとを巡らしたのか)とあるが、定家本は「いかかはたはかりけむ」とされる。「いかがは」とは、疑問を強調する言い回しだ。(略)「紫式部のオリジナルにより近いテキストを研究できるのではないか。教科書に採用された若紫も、今回の定家本に基づいた文章に変わる可能性がある」

わたくしもこの記事を手に「どのくらい本文が違うのですか」と古典講座で尋ねられることが度々あった。
 ただし、この二箇所の異同のうち、後者「いかかはたはかりけむ」はコメント者の発見にプライオリティが発生するが、前者の「よろしう」本文異同については誤りであるから、ここに訂しておく。この「よろしう」は大島本ではなく、新編全集の校訂本文だからである。すなわち、
「かの山寺の人は、よろしうなりて出でたま ひにけり。」『新編全集』235頁3行目。
370頁の「校訂附記」に大島本のみ「よろしく」。諸本「よろしう」につき校訂したことが分かる(写真)。

                                
大島本渋谷榮一氏翻刻本文 かの1山てら能人盤・よろしくな/里て・いて給尓遣り・ 「よろしくなりて」に傍記「祖母紫上」  34ウラ
定家本渋谷榮一氏翻刻本文 可のやまてらの人ハ/よろしくな2りていて堂まひ尓个り 35オモテ

 「朝日新聞」学芸部担当記者におかれては、多くの古典愛好者ために、核心情報のこの誤りについて、機会を設けて訂正をお願いする次第である。

○は大島本に定家本が一致 × 大島本と定家本の本文に異同あり


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