物語学の森 Blog版 清少納言隠棲の地・月の輪探訪
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清少納言隠棲の地・月の輪探訪
2020-03-10 Tue 08:05
 女のひとりすむ所は、いたくあばれて築土などもまたからず、池などある所も水草ゐ、庭なども蓬にしげりなどこそせねども、ところどころすなごの中より青き草うち見え、さびしげなるこそあはれなれ。ものかしこげに、なだらかに修理して、門いたく固め、きはぎはしきは、いとうたてこそおぼゆれ。 三巻本『枕草子』集成・第171段

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二日目は、歌枕・小塩山で知られる大原野神社から。 北上して光源氏の桂の院、清原元輔の桂山荘近辺と思しき、松尾大社。さらに北西の清滝から、愛宕山月の輪寺を目指す。この二日間は、藤原棟世の別業にして清少納言隠棲の地の有力三説(泉涌寺説・岸上慎二説/愛宕山月の輪寺・萩谷説/西坂下月輪寺町・後藤祥子説)を検証するのが目的の踏査である。

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 写真のようにたんへんな崖道である。しかも、月の輪寺だけで2時間、愛宕神社まで廻ると5時間だという。すれ違った登山者から4時には閉めると聞かされるも、前日の筋肉痛と気温上昇もあり、若いメンバーに置いて行かれ、消息を尋ねる掛け声が遠くなる始末。脱落寸前でようやく到着すると、4時を回ってはいたものの、鹿が出迎えてくれた(この辺りの写真同行の池田さんからお借りしました)。宝物館予約のため事前に電話を差し上げたものの、「平日のみ」と断られたお坊さんが声を掛けてくださり、日没になると危険だから早く下山せよとの仰せであった。熊も出るし、崖のご遺体を何体も見ている。遭難しても日没後は翌朝まで来てくれないとのこと。入山から32年、ひとりでお寺を守っておられ、日常生活をお尋ねすると「毎日カップラーメンです」とのお話であった。
 清滝のバスの最終も6時20分ときて、気持ちも慌てながらの下山ではあったが、清少納言隠棲の地とすれば、食事の手配という意味で、この寺付近は厳しく、清滝あたりまで拡げないと、この地とするのは難しいように思われた二日目であった。
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