物語学の森 Blog版 高橋由記著『平安文学の人物と史的世界─随筆・私家集・物語』
FC2ブログ
高橋由記著『平安文学の人物と史的世界─随筆・私家集・物語』
2020-01-18 Sat 06:58


  著者から拝領。ありがとうございます。それにしてもたいへんな労作である。あるテーマを解明するために膨大な歴史文献と先行研究を読み込むのは当然ながら、昨今の研究状況下、<新編全集源氏><新編全集枕>と揶揄されるように、代表的な注釈書の頭注でもって諸説を一本化して論じるコンビニ論文も存在する中、同時代言説としての人物考証を徹底的に検証し、『枕草子』、埋もれた歌壇史、『源氏』『寝覚』『狭衣』に描かれた物語空間を平明に独自の結論を導く方法で貫かれた論集、と言えようか。特に、物語の諸論攷は、こうした歴史考証的な方法で論じることが出来る研究者が今のところ育っておらず、高橋さんの独壇場とも言える分野と言ってよいだろう。

 また、「国語と国文学」「国語国文」と言った学究に必備の査読論文を何本も揃え、第3回中古文学学会賞という勲章もお持ちで業績は抜群。2020年、早くも斯界待望にして屈指の論文集となるだろう。

 ただし、『枕草子』の底本を『角川文庫』で論じているのは頂けない。このテクストは『校本枕冊子』の能因本を三巻本で接ぎ剥ぎした本文であり、本文校訂の前提から問題を孕む。能因本を三巻本で差し替えた『新編全集』にも同じことが言えるが、「あらまほしき」『枕草子』本文で論じれば、便利ではあるが、実際の諸本には複雑な要素がある。例えば、「『枕草子』の上達部」の「左兵衛督の中将におはせし」(二月晦頃に)は、前田家本「右兵衛督(傍記「左衛門」)」能因本「右兵衛左」とあり、諸説あものの、三巻本勘物にある寛弘六年(1009)三月左兵衛督となった藤原実成として考証するのはいかがなものか。
 また、大原則、『枕草子』は長保二年(1000)十二月の定子薨去以前の挿話で構成されており、それから九年後の言説が断片的に挿入されたと考えるよりは、人物比定に誤りがあると考えることが前提であるように思う。『枕草子』には藤原行成との丁々発止のやりとりが収められているが、『権記』には清少納言と思しき女房は一切登場しない。これは紫式部と藤原実資『小右記』の「相逢女房」とは異なる、清少納言の定子薨去後の一条天皇後期宮廷における決定的な不在の証拠であると考えるべきであろう。

 最近、書庫を整理していて、下玉利百合子先生の『枕草子周辺論続編』(笠間書院、1995年)のあとがきに高橋さんのお名前を見つけた。このような周辺人物からテクストを掘り下げるアプローチ方法は、院生時代から醸成されていたことが知られよう。同じく歌壇史の先達・杉崎重遠先生(明星大学名誉教授)の方法でもあり、高橋さんは、その系譜を継ぐ研究者と云うことになるのだろう。ちなみに、杉崎先生の講演は私も院生時代、二度拝聴したことがある。

 さて私の書斎を見渡すと、学会発表のたびにポスターを当時の助手さんからもらい受けて掲げてあるのだが、1994年5月の中古文学会大会は白百合女子大学。そこで土曜日が私の東洋大学図書館藏の阿仏尼本に関する発表、日曜日に高橋さんの「生昌描写と大進生昌」があって、これが翌年のデビュー論文となったようである。くせ者の平惟仲、生昌の年譜も作成されているが、これれらは次作にぜひ収めていただきたいと要望する。
 
 ともあれ、ぜひ御高架をお勧めする一冊である。
別窓 | 枕草子の巻 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
<<宇治山、槙の尾山注解稿 | 物語学の森 Blog版 | 伊勢光著『『夜の寝覚』から読む物語文学史』>>
 
 
 
 
 
 
  管理者だけに閲覧
 

トラックバックURL

FC2ブログユーザー専用トラックバックURLはこちら
| 物語学の森 Blog版 |