物語学の森 Blog版 『源氏物語』宇治文学地図修正案
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『源氏物語』宇治文学地図修正案
2019-11-22 Fri 04:43
槇の尾山・宇治山

槇ノ尾山

  『新潮日本古典集成』第6巻掲載の宇治地図によると、『百人一首』貴撰法師の連想から貴撰山を宇治山と誤っている。
「コトバンク」によっても以下のようにある。

うじやま【宇治山】喜撰岳の古名。喜撰法師の住処の跡があると伝えられて有名。⦅歌枕⦆ 「我がいほは宮このたつみしかぞすむ世を-と人はいふなり/古今 雑下」

 しかし、昨年6月15日、国の文化審議会が、京都府宇治市の「宇治山(うじやま)」を名勝に、「宇治古墳群」を史跡に、それぞれ指定するよう文部科学相に答申した。これを伝える「朝日新聞」によれば、「宇治山は、仏徳山(ぶっとくさん)、朝日山、二子山を含む宇治川右岸の丘陵地。世界遺産・宇治上神社などの社寺があり、宇治川をはさんで世界遺産・平等院と向き合う」とあるから、従来の『源氏物語』注釈書類はすべて誤りで、八宮邸の背後にある山並みであることが判明した。
 また、従来、宇治川の左岸(川下に向かって左)に107㍍の「槇ノ尾山」と、右岸、貴撰山の南にある天ヶ瀬ダムを構成する「槙尾山」362㍍とがあり、諸注釈書は後者としているが、これは宇治山に遮られて視界に入らないから、左岸のそれと判明する(「朝日新聞」記事内写真も参照)。下の写真は、八宮邸至近の塔の島から見える槇ノ尾山(中央)。

「橋姫」巻、薫、大い君と和歌を唱和して帰京(本文は渋谷榮一先生のサイトによる)。

 峰の八重雲、思ひやる隔て多く、あはれなるに、なほ、この姫君たちの御心のうちども心苦しう、「何ごとを思し残すらむ。かく、いと奥まりたまへるも、ことわりぞかし」などおぼゆ。
 「あさぼらけ家路も見えず尋ね来し 槇の尾山は霧こめてけり
 心細くもはべるかな」
 と、立ち返りやすらひたまへるさまを、都の人の目馴れたるだに、なほ、いとことに思ひきこえたるを、まいて、いかがはめづらしう見きこえざらむ。御返り聞こえ伝へにくげに思ひたれば、例の、いとつつましげにて、
 「雲のゐる峰のかけ路を秋霧の いとど隔つるころにもあるかな」
 すこしうち嘆いたまへるけしき、浅からずあはれなり。

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