物語学の森 Blog版 高田藩主・松平光長旧蔵、為明筆『金葉集』、為和筆『伊勢物語』
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高田藩主・松平光長旧蔵、為明筆『金葉集』、為和筆『伊勢物語』
2019-10-14 Mon 06:37
 金曜日の新幹線運休告知で予約はキャンセル。それでも13日の新幹線が動けばと思って待機していたが、如何せん東京駅までたどり着けないことが判明したので、学会は欠席。予想通り、昨日のアクセス解析は「定家本「若紫」巻」に集中。研究者の関心が高かったことがよく分かるものだった。参加していないので、詳しいことは分からないが、いずれ影印も刊行されるもようである。つれづれに、あれこれリサーチしていたら、下記目録で定家本「若紫」「野分」の他にも注記すべき典籍『金葉集』『伊勢物語』があったので、調査メモを残す。

○高田藩主・松平光長所有目録「御拝領物類」(1681年)。

御拝領物類
  目録
権現様(徳川家康)御手自一白様(松平忠直)御拝領由、但、大坂御帰陣之節於二条城
 一 初花肩衡 袋しゆかうとんす 茶入壱ツ
台徳院様(徳川秀忠)より御拝領之由     薄(落)雁
 一 牧渓           掛物一幅
大御台様(高巌院、家綱室・伏見宮貞清親王の顕子女王)より高田様(松平忠昌)へ被進由 
 一 為明筆金葉集  一冊

広国院(光長妻室)様御遺物之由
 一 定家卿 若紫 一冊
豊後(松平忠直)より来ル無極由
一 定家卿 野分    一冊
豊後より来ル天福之本之写 二条家種本之由  
一 為和伊勢物語   一冊

 『金葉集』は、同名の伝本がノートルダム清心女子大学の正宗文庫にあり、『新大系』の底本である。正徹の旧蔵である由。高田様は、前藩主・松平光長(1615-1707)を越後殿と呼称しているから、叔父の忠昌(1598-1645年)であろう。
 大御台様は、この時(将軍・綱吉)の先代御台様となると、家綱室、・伏見宮貞清親王の顕子女王(1640-1676年)である。姉は、阿仏尼本を紀州家に持参した安宮照子(1625-1707年)。となると、伏見宮家の蔵書と言うことになるが、「奥書」がないので、目録と写本との関連は確認できない。
 『伊勢物語』は、御所本として、宮内庁書陵部に為和筆の写本が存在する。江戸の半ばに京都御所に収められたという。こちらも、影印が数種刊行されている。
 なお、定家本「野分」をもたらした「豊後」であるが、乱行により、元和9年(1623年)、将軍・秀忠の命で隠居して出家し、「一伯」と号した父・松平忠直(1595-1650年)のことであろう。この年、5月12日、竹中重義藩主の豊後国府内藩(現在の大分県大分市)へ配流、謹慎となっているから「豊後」とのみあり、敬称もないのであろう。ただし、目録冒頭には「一白様」ともある。隠居前を「一白様」、隠居後を「豊後」と書き分けたか。

 以上の人物比定は私のリサーチ。ご批正を乞う。

 
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