物語学の森 Blog版 定家監督書写本『源氏物語』「若紫」巻覚書
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定家監督書写本『源氏物語』「若紫」巻覚書
2019-10-09 Wed 12:50
 今まで「花散る里」「行幸」「柏木」「早蕨」四帖しか知られていなかった藤原定家監督書写本。新たに「若紫」巻が加わったとのニュースはNHK7時でも取り上げられた。『源氏物語』としては、2008年の大沢本再登場以来の大ニュースである。大沢本は行方不明とされてきた本の再登場であったが、今回の「若紫」巻は、源氏関連文献、蔵書目録でも知られていなかった。

 定家(1162-1241)の『明月記』嘉禄元年(1225)2月16日条には以下のようにある。

「去年十一月より、家中小女等をも以て源氏物語五十四帖を書かせしめ、昨日外題を書く。年来の懈怠に依り、家中此物無し<建久之比/盗まれ了んぬ>証本無きの間、所々に尋ね求め、諸本を見合すと雖も、猶、狼藉不審未だ散ぜす狂言綺語と雖も鴻才の作る所、之を仰げば弥さかに高く、之を鑽すれども弥さかに堅く、短慮を持って之を寧ろ弁ずるかな」

 池田亀鑑は、青表紙本とは「花散る里」「行幸」「柏木」「早蕨」四帖(4半本)そのものであるとして、この巻末の『奥入』を第一次『奥入』と命名し、大橋家蔵定家自筆本『奥入』(六半本)として注記部分が切り取られ、一部残欠物語本文を含むこの合冊本を第二次『奥入』と命名した。
 ただし、今日では、建久の頃、盗まれた家本は不明で、『奥入』として切断され、残欠が古伝本系別本本文の六半本が、嘉禄元年に作成された家の証本であるとする佐々木孝浩氏の見解が支持されている。したがって、四半本は現存『明月記』には記述のない本ということになる。
 佐々木説では『奥入』の成立順序が池田亀鑑説と逆となるが、古伝本系本文が、定家によって青表紙の校訂本文として変貌してゆく、『源氏物語』本文史の実態としては合理的である。

 冷泉明融による定家本臨模本と大島本にも、いわゆる第一次『奥入』が付されており、今回新出の「若紫」巻『奥入』も「伊行~」から始まる本文が、大島本『奥入』に悉く一致することから、この本文も、いわゆる第一次『奥入』であると認定できる(ただし、公表されている写真が不鮮明なところがあり、確定にはさらに精査を要する)。

 今回の報道では、大島本「関屋」巻奥書にある、文明十三年(1481)、大内政弘の依頼により、飛鳥井雅康の書写した54帖とする池田亀鑑説を踏襲していて、現行の学界の理解とは乖離がある点、充分な注意を要する。

  文明十三年九月十八日依/大内左京兆所望染紫毫/者也
      権中納言雅康

 佐々木孝浩氏は、「宮河」なる印の有無と、綴穴の多寡が相関性を有することから、現存本は、複数の祐筆によって、雅康本「関屋」巻を含む吉見家架蔵の諸本(「宮河」印を有する比較的書写の古い19 帖と、それ以外の34帖)をそれぞれ転写・合綴し、吉見正頼の手によって、永禄七年(1563)七月に揃い本とした写本群であるという見解を示した(「夢浮橋」巻、吉見正頼識語に成立過程が記されている)。したがって、厳密にいえば、雅康本の転写と確言し得るのは「関屋」巻だけで、他の52帖の書本の素性は、定家本臨模とされる冷泉明融等筆本の存する、「桐壺」「帚木」「花宴」「若菜」上下「柏木」「橋姫」「浮舟」(実践女子大学明融本「若紫」巻は定家本臨模ではない。大島本欠本-後代補冊本はあり)各巻と、大島本当該巻本文の近似値が高いことが知られること以外、その他の巻についての本文史については不明であった。
 ところが、今回の「若紫」巻が、すでに知られる定家監督本と装丁を同じくし、さらに本文が大島本の親本的位置にあるとすれば、大島本の「若紫」巻も定家本本文を継承する一本ということになる。ちなみに、大島本「若紫」巻に「宮河」印はないから、書写の新しい巻にも、定家本本文が継承されていることになるはずである(明融本と重なる巻で「宮河」印が存するのは「橋姫」巻のみである)。

 まだ明らかになっていない注目点は、伏見天皇本とともに孤立する「人なくてつれ/\なれは・」7表(他の青表紙本「ひもいとなかきにつれ/\なれは」)の異同である。大島本には、傍記を消した痕跡が残り、重要な異同は、この巻の場合、この箇所が軸となるが、近い将来この本文様態が明らかになれば、大島本「若紫」巻本文の素性もさらに詳細に明らかになることであろう。

 
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