物語学の森 Blog版 『うつほ物語』国譲・下巻の新東宮参啓の解釈の進展二題
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『うつほ物語』国譲・下巻の新東宮参啓の解釈の進展二題
2019-10-01 Tue 07:04
 『うつほ物語』国譲・下巻 新東宮内裏参啓

 先般、自信を持って記した車牛を「座して」の解は、「懸ける」は軛(くびき)を榻(しじ)に懸けることはよいとして、その前の文に「(東)宮の御車は、…黄なる御車牛懸けたり」と照応しないと主宰の先生(学長)から指摘があり、考え直すこととする。
 新東宮の「黄なる御車牛」は新編全集に「黄牛は飴色の毛の牛で、上等な牛として尊ばれた」として『和名抄』巻十一、牛馬毛を引く。とすると、藤壺女御の車牛も「黒うて」で照応していると見るのが穏当という仰せ。ただし、牛は現時点で、出車待機中で座っていることに変わりはない。
 なお、もうひとつ、源正頼邸が三条大路南、大宮大路西にあるとすると、待機する藤壺女御一行の牛車を「三条大路に引き立て」てあるのは北門でなければならない。「沖つ白波」巻ではこの邸宅が、三条大路南、大宮大路西にあり、その東北町に住むあて宮(藤壺)は、「東のおとど(東の対)」に住むとある。新東宮が大宮大路に対面する東門で参啓待機するのは矛盾がないが、女御車が東南門で待機では三条大路に待機するとある本文と矛盾し、北門の誤りとみなければならない。ちなみに「沖つ白波」巻で「北のおとど」に住むとされるのは、正頼と大宮である。これが二つ目の新見解。つまり補訂。
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