物語学の森 Blog版 『うつほ物語』有力伝本は2群に分類される。
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『うつほ物語』有力伝本は2群に分類される。
2019-09-26 Thu 07:49
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 『うつほ物語』国譲下巻の新東宮・藤壺参啓の場面。有力伝本の前田家本、毘沙門堂本、桂宮本(御所本)との特徴的な異同。

俊景本「六位もめあきたるは○(なき)なし」後ろから三行目
浜田本「六位もめあきたるはなし」      四行目
紀氏本「六位もめあきたるなし」       後ろ最終行

 「なき」脱文で共通する、この3本を第2群として括って良いようだ。この場面、源正頼三条第から参啓するのたが、六位蔵人たちの準備が周到であることを「めあく」という、特徴的な言い回しで表現している。「めあく」は辞書にも見あたらないが、「開眼」におなじく、立場と役回りを考えて俊敏に対応していると言うことだろう。そうした「弁えのある者はない」とするが当該写本であり、「なきなし」と二重否定するのが、前田家本等の有力写本群なのである。
 また、参啓は、三条大宮に東面する東門から新東宮、藤壺は南門とある。しかし、四町を持つ正頼は東北の町に住み、東北町南門は東南町の北門にもあたり、池と中島があるとすれば、退出門とはならない。東面の東門と東南門と考証してみた。また、源実忠、源涼邸宅も隣接していて、当地は史的にも有力貴族の里邸と重なることが判明。このことは、直近の「紫式部の生涯」なる論文に書くこととする。好評品切れ続出の新シリーズに掲載予定。乞うご期待。


 
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