物語学の森 Blog版 猫のゐる暮らしの話
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猫のゐる暮らしの話
2019-01-12 Sat 06:32
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 我が家の周辺にお住まいの女性はみなさん猫好き。軒先には猫用の餌や水が用意されている。私はどちらかというと動物は苦手であった。
 ところが、一昨年の春先、突如見かけぬ子猫が出現(写真1枚目左)。右の年寄り猫は親だと思っていたが、後に彼氏だったと判明する。しかも、この子猫は、二度に渡って私の家のポストの前に、臭いモノを残した。二度とも怒りながら始末する私を、この子猫は、ややおびえながらじっと観察していた。これがこの子猫のデビュー当時の出来事である。
 もともと我が家の周辺には、茶色のおっさん猫(13歳)が君臨していた。私は勝手に「にゃん太郎」と命名。ご近所さんはそれぞれ別の名前をつけて呼んでいた。そもそもこの猫は通りの西端に住んでいた、いささか素行不良の親子が飼っていた猫であったと言うことだ。再婚相手の母子が去り、飲んだくれでまったく働かなかった大工でもと警察官の父親が突然死した後、息子も夜逃げ同然で転居してこの猫・にゃん太郎が残されたのである。この二匹は兄妹のように、いつも一緒に行動するようになった(写真2枚目)。ところが、秋のある日、私の駐車場に猫の吐血を見つけた。茶色の猫・にゃん太郎のもので、それ以来、元気付けに少しばかりの餌を与えるようになる。調べてみると、高齢の猫の多くは腎孟炎を煩っていると判明。誰かが医者に連れてゆけばよいが、と思っていたまま越年。昨年の正月明け、いよいよ体調不良で震えていたので近所の獣医さんに見せたところ、脱水症状と腎孟炎、しかも深刻な歯槽膿漏による吐血と判明。「冬は越せないんじゃないですか」との診断。薬用の餌と、ポカリスエツトを与えた。あいにくこの直後に大雪。それを境に、この猫は姿を消した。近所にある妙音澤公園の広大な森林のどこかで亡くなったのではないか、とは永年餌やりをしていたご主人の話。
 その雪がようやく消えた頃、妹猫が駆け寄ってきて、茶色のおっさん兄猫・にゃん太郎に遠慮して決して食べなかった餌を食べるようになる。4月、書庫の移動で大量の書籍を移動させていたところ、この猫はその様子を一日中眺めていた。この妹猫を「にゃん」と命名。この猫は、居着いた直後に、ご近所の奥さんが不妊手術をしたそうで、左の耳にその印がつけられたのは写真2枚目。その際、この子猫は妊娠しており、1枚目のおっさん猫の子を宿していたらしい。後に、この二匹は険悪となったようで、特に耳を怪我したおっさん猫のことを、私はひそかに「芳一」と呼んでいる。

 臆病者の雌猫であるから、蛇を見つけても眺めているだけで襲うわけではなく、結局逃げられていた(写真3枚目)。そのうち、書斎にもあがってくるようになり、早暁にデスクワークを始めると、最初は、ソファから私の背中を眺めているが、結局寝てしまい、目覚めて明かりのまぶしさに目を覆うお茶目さである(写真4枚目)。

 こんなこともあった。出張でやってきた弟が見つけた近所の飲み屋に出掛けたところ、この子猫が追っかけてきて、ところどころで何度もひっくり返り、お腹を見せるセクシーポーズを繰り返した。甘えん坊猫である。
 昨年の夏休み、長期間家を空けたところ、書斎の前に、また臭いモノが落ちていた。某さんのリサーチによると、猫は構ってくれないと、あえてそう言ういたずらをして、自らの存在をアピールするらしい。人間の赤ん坊と一緒である。

 また夏のある時、近所の野球少年が自転車でやってきて、「この猫かわいい」と、我が家の周辺を二周して行った。我が家の南側は市立保育園の跡地が売却されて新興住宅地となり、40代前後の世帯が一挙に増えたが、この猫は、小さな藤棚のある公園でひなたぼっこしていることがあり、その南にお住まいのお若い奥様からも、餌を貰っては撫で撫でしてもらっているところを目撃して吃驚。なかなか社交的な猫である。この社交性は見習いたい。


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