物語学の森 Blog版 「去る者は日々に疎し」『徒然草』30段
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「去る者は日々に疎し」『徒然草』30段
2018-11-28 Wed 06:09


 人の亡き跡ばかり、悲しきはなし。
  中陰のほど、山里などに移ろひて、便あしく、狭き所にあまたあひ居て、後のわざども営み合へる、心あわたゝし。日数の速く過ぐるほどぞ、ものにも似ぬ。果ての日は、いと情なう、たがひに言ふ事もなく、我賢げに物ひきしたゝめ*、ちりぢりに行きあかれぬ。もとの住みかに帰りてぞ、さらに悲しき事は多かるべき。「しかしかのことは、あなかしこ、跡のため忌むなることぞ」など言へるこそ、かばかりの中に何かはと、人の心はなほうたて覚ゆれ。
 年月経ても、つゆ忘るゝにはあらねど、「去る者は日々に疎し」と言へることなれば、さはいへど、その際ばかりは覚えぬにや、よしなし事いひて、うちも笑ひぬ。骸は気うとき山の中にをさめて、さるべき日ばかり詣でつゝ見れば、ほどなく、卒都婆も苔むし、木の葉降り埋みて、夕べの嵐、夜の月のみぞ、こととふよすがなりける。
 思ひ出でて偲ぶ人あらんほどこそあらめ、そもまたほどなく失せて、聞き伝ふるばかりの末々は、あはれとやは思ふ。さるは、跡とふわざも絶えぬれば、いづれの人と名をだに知らず、年々の春の草のみぞ、心あらん人はあはれと見るべきを、果ては、嵐に咽びし松も千年を待たで薪に摧かれ、古き墳は犂かれて田となりぬ。その形だになくなりぬるぞ悲しき。『徒然草』30段

 「去る者日々に疎し」は『文選』巻29「古詩十九首-其十四」が典拠である。人口に膾炙するこの一節は兼好の訓読が踏襲されているわけだ。墓参をした折、私達は書いたものが、半永久的に残ること、これこそ幸いだと思ったので、ここに書き留める。

去る者は日に以て疎(うと)く  来る者は日に以て親(した)し
郭門を出でて直視すれば  但(た)だ丘(おか)と墳(つか)とを見るのみ
古墓は犂(す)かれて田と為(な)り  松柏は摧(くだ)かれて薪(たきぎ)と為(な)る
白楊(はくよう)悲風多く       蕭蕭(しょうしょう)として人を愁殺(しゅうさつ)す
故(もと)の里閭(りりょ)に還(かへ)らんことを思ひ  帰らんと欲するも道因(よ)る無し
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