物語学の森 Blog版 『更級日記』作者の所持した『源氏物語』写本は通し番号のみで現行巻名はなかった。
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『更級日記』作者の所持した『源氏物語』写本は通し番号のみで現行巻名はなかった。
2018-11-10 Sat 14:06
 『更級日記』に記された当時の『源氏物語』の形態についての私見(章段は、原岡文子校註『更級日記』角川ソフィア文庫、2003年による)

17『源氏物語』耽読
  かくのみ思くんじたるを、心も なぐさめむと、心ぐるしがりて、はは、物 がたりなどもとめて見せ給に、げに をのづからなぐさみゆく。紫のゆかりを見て、続きの見まほ しくおぼゆれど、人かたらひなども えせず。たれもいまだ都なれぬ ほどにて、え見つけず。いみじく心も となく、ゆかしくおぼゆるままに、「この 源氏の物語、一の巻よりして みな見せ給へ」と心の内にいのる。親の太秦に籠り給へるにも、こと事 なく、この事を申て、いでむままに この物がたり見はてむとおもへど、見え ず。
 いとくちおしく思なげかるるに、 をばなる人のゐ中よりのぼりたる 所にわたいたれば、「いとうつくしう、 生いなりにけり」など、あはれがり、 めづらしがりて、かへるに、「なにをかたて まつらむ、まめまめしき物は、まさなか りなむ、ゆかしくし給なるものをた てまつらむ」とて、源氏の五十餘巻、櫃 にいりながら、ざい中将、とをぎみ、 せり河、しらら、あさうづなどいふ物 がたりども、ひとふくろとりいれて、えて かへる心地のうれしさぞいみじきや。はしるはしる、わづかに見つつ、心もえず 心もとなく思ふ源氏を、一の巻よりして、 人もまじらず、几帳の内にう ちふしてひきいでつつ見る心地、后の位もなににかはせむ。
光るの源氏の夕顔、 宇治の大将の浮舟の女君のや うにこそあらめと思ける心、まづいと はかなくあさまし。

①「紫のゆかり」は「若紫」巻説、「紫の上に関係の深い巻々」説がある。卑見・当時すでに『源氏中鏡』のようなダイジェストがあったか。『源氏物語』における「紫のゆかり」は3例

『末摘花(大島本)』  かの紫のゆかり、尋ねとりたまひて、
『若菜上(明融臨模本)』 かの紫のゆかり尋ね取りたまへりし折思し出づるに
『竹河(大島本)』おちとまり残れるが、問はず語りしおきたるは、紫のゆかりにも似ざめれど

②「一の巻」二例。「五十よ巻」の「一の巻」とある写本だったことになる。

37「浮舟の女君」夢想
…からうじ て思ひよることは、、<いみじくやむごとなく、 かたちありさま、物語にあるひかる源氏などのやうにおはせむ人を、 年にひとたびにても通はしたて まつりて浮舟の女君のやうに、山ざとに 隠し据へられて、花、紅葉、月、雪を眺めて、いと心ぼそげにて、めでたか らむ御文などを、時々まち見など こそせめ>とばかり思つゞけ、あらまし 事にもおぼえけり。むごに えわたらで、つくづくと見るに、<紫の物語に、宇治の宮のむすめ どもの事あるを、いかなる所なれば、 そこにしもすませたるならむ>と、 ゆかしく思し所ぞかし。

③ 浮舟の女君が薫によって山里に隠し据えられたのは、東屋・浮舟の二巻。
④「紫の物語」は「紫=作者」の物語。日記作者も『源氏物語』作者を「紫」と認め、これを援用した『源氏物語』の異名。 

44 初瀬詣で
<げにおか しき所かな>と思つゝ、からうじ て渡て、殿の御領所の宇治殿を入りて 見るにも、浮舟の女君の、 かゝる所にやありけむなど、まづ思いで らる

⑤初瀬詣での折に藤原頼通の別業であった宇治殿に立ち寄り、浮舟巻で、匂宮が浮舟を拉致した「隠れ家」をここに想起したことになる。ただし、実際は「時方にたばからせたまひて、「川より遠方なる人の家に率ておはせむ」と構へた」家であり、匂宮が準備が出来るまで滞在したのが、夕霧の別業、すなわち、宇治殿。日記作者としては、浮舟ゆかりの地としての「宇治殿」であったのだろう。

 これら①~⑤を勘案するに、『更級日記』に記された『源氏物語』は現行の『源氏物語』と物語内容に齟齬はない。また、光源氏に憧れ、夕顔、浮舟といった、破滅型の運命を志向する傾向がある。これも現行の『源氏物語』の物語内容の枠内である。『紫式部日記』にも『源氏の物語』とあり、これを踏襲しつつ、「紫の物語」という別名も使用。『更級日記』作者の手にした『源氏物語』写本には、通し番号のみで、「桐壺」「若紫」等の巻名のない写本であったことになる。

 以上、ご批正を乞う。

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