物語学の森 Blog版 高橋亨・辻 和良編『栄花物語 歴史からの奪還』、岩波文庫『源氏物語』第4巻
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高橋亨・辻 和良編『栄花物語 歴史からの奪還』、岩波文庫『源氏物語』第4巻
2018-10-18 Thu 07:47


 ご恵与いただいた二冊。古代文学研究会メンバーによる『栄華物語』の新研究。勉強させて頂きます。

  岩波文庫『源氏物語』第4巻は新校注者の今井久代氏から。とりわけ、池田亀鑑、伊井春樹、柳井滋らの先学によって別本とされた「初音」巻には、大島本の青表紙本系とは異なる異同、ひいてはその孤立性を丁寧に指摘している点、注意して読みたいところ。

 また、「玉鬘」巻には、一箇所陽明文庫本にのみ、▼孤立本文▼がある。これを新編全集に組み込んでわたくしに補訳してみる。ただし、今のところ、これは孤立例。陽明文庫系の補筆の可能性もあるので注意されたし。こんな読み方もあるという一例として。

新編全集138-01
 古めかしう、かたはらいたきところのつきたまへる、さかしらにもてわづらひぬべう思す。▼ひとり見たまふにあかねば、「気色あることなのたまひそよ。いとをひらかにみたまはんや」とかねて口がため申したまへば、「気色は人の御心よく見知らね。みづからはましてなにごとをか」といと▼恥づかしきまみなり。(源氏)「古代の歌詠みは、唐衣、袂濡るるかごとこそ離れねな。まろもその列ぞかし。さらに一筋にまつはれて、いまめきたる

新編全集現代語訳 ▼…▼は上原補訳
このようにむやみと古風で、人をはらはらさせるところがおありのさしでがましさには、まったく手に負えないとお思いになっている。▼(紫の上)源氏おひとりで歌を御覧になるのも気がかりなので、「刺激的なことはことは仰いますな。なんともおっとりした詠みぶりではありませんか」としきりに(源氏の)不興をいさめようとなさるのだが、(源氏)「わたくしの不興はあのかた(末摘花)の御心がよく分からないからです。どういうつもりでこの歌をお詠みになったのか」と、とても▼気恥ずかしくなるような殿の御まなざしである。「昔風の歌詠みは、『唐衣』とか、『袂濡るる』とかの恨み言がきまり文句なのだね。わたしもその仲間なのだが……。さらにその一筋に凝り固まって、今風の詠み口にまったく食指を動かしたりなさらないのがご立派といえばやはりご立派なものです

新大系370-04
 古めかしう、かたはらいたき所のつき給へるさかしらに、もてわづらひぬべうおぼす。▼▼はづかしきまみなり。

大島755-08
―ふるめかしうかたはらいたき所のつ/き給へるさかしらにもてわつらひぬへうおほ/ すはつかしきまみなりこたいのうたよみ/はからころもたもとぬるゝかことこそはなれ/ねなまろもそのつらそかしさらにひと/すちにまつはれていまめきたることの葉に/ゆるき給はぬこそねたきことははたあれ/人のなかなる事をおりふしおまへなとの/わさとあるうたよみの中にてはまとひは」五十オモテ

陽明※
―おほすひとりみ給にあかねはけしきあることなのたまひそよいとをひらかにみ給はんやとかねてくちかため申給へはけしきは人の御こゝろよくみしらねみつからはましてなにことをかといとはつかしきまみなり
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