物語学の森 Blog版 『うつほ物語』国譲下巻の句点を再検討する。
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『うつほ物語』国譲下巻の句点を再検討する。
2018-09-10 Mon 06:22
 「さかしまなり」の「和文」の語誌は以下のように、不安定極まりないものである。「岡本文庫本宇津保物語」本文は『大系』補注から拾った異文のようであるが、桂宮本(御所本)、関戸家旧蔵・俊景本も「さかしま」ではある。ただし、前田家本、毘沙門堂本は「さか/\まなり」。踊り字を「し」の本文誤謬とみるわけだが、このことに異論はない。

 これを、従来の解釈では、今上帝が決定した藤壺女御腹皇子の立坊に際し、まずは新東宮ではなく、藤壺が来るべきなので、順番が違う、と解釈してきた。しかし、輪読会では異論が出て、「さかしま」なのは、立坊争いをした、梨壺や嵯峨院の小宮を受ける文脈とすれば、すっきりするという案が浮上。
「この宮一人によりてなむ、あまたの親にも恨みられ奉りぬる。次第はさかしまなりや」
とある読点を句点に、次の句点を除き、文構造を変更することで文意が明解となるのである。
「この宮一人によりてなむ。あまたの親にも恨みられ奉りぬる次第は、さかしまなりや」
 句読点は、明治時代国定教科書編纂に際して制定された記号に過ぎない。なお、この解釈のプライオリティーは輪読会(主宰・針本先生)にある。

(今上が藤壺の文を)御覧じて、「(藤壺が)参りぬべかめり」と思して、「昨日は、めづらしきなむ。『雲の色』とか。
  立つ雲を色々乱る風といへど出づる月日をかざしやはする
『喜び』とかあるは、おぼろけの心ざしにやは。この宮一人によりてなむ。あまたの親にも恨みられ奉りぬる次第は、さかしまなりや。今片方(かたへ)も、『うらやまし』とこそ思へ。それらも、皆」とて、これはたの蔵人して奉り給ふ。『新編全集』第3巻、336頁①~⑥。おうふう改訂版790頁⑭~791頁①


『日本国語大辞典第二版』
さか‐しま 【逆─・倒─】〔名〕(形動)「さかさま(逆様)」に同じ。
*日本書紀〔720〕安康即位前(図書寮本訓)「太子、行暴虐(あらくサカシマナルわさし)て婦女(をむな)に浮(たはけたまふ)」
*日本書紀〔720〕雄略二三年八月(前田本訓)「今星川の王、心に悖(サカシマ)に悪を懐(いた)きて行(わさ)、友于(このかみおとひと)に闕けり」
*法華文句平安初期点〔830頃〕「因りて、舅をして倒(サカシマ)に入れしむ」
岡本文庫本宇津保物語〔970〜999頃〕国譲下「この宮ひとりによりてなん、あまたの親にも恨みられ奉りぬる。次第は、さかしまなりや」
*色葉字類抄〔1177〜81〕「逆 サカシマナリ」

 この前後の諸本の異同と校訂態度は以下の通り。

この宮一人によりてなむ。あまたの親にも恨みられ奉りぬる

【前】この宮ひとりによりてなんあまたのおやにもうらみられたてまつりぬる
【毘】
【桂】
【関】此 宮        ん        恨 
【紀】
【浜】

【叢】此の宮一人によりてなむ、数多の親にも恨みられ奉りぬる。
【有】この宮一人によりてなむ、数多の親にも恨みられ奉りぬる。
【校】この宮一人によりてなむ、数多の親にも恨みられ奉りぬる。
【全】この宮一人によりてなむ、あまたの親にも恨みられ奉りぬる。
【岩】この宮一人によりてなむ、数多の親にも恨みられ奉りぬる。
【角】この宮一人によりてなむ、あまたの親にも恨みられたてまつりぬる。
【明】この宮ひとりによりてなむ、あまたのおやにもうらみられたてまつりぬる。
【お】この宮一人によりてなむ、あまたの親にも恨みられ奉りぬる。 
【新】この宮一人によりてなむ、あまたの親にも恨みられ奉りぬる。

○この宮ひとりに
国文叢書 ○此宮一人によりてなむ 東宮一人のために二の宮の方の多くの人達に恨まれしと也 藤壷の詞也。
校註 この宮一人 春宮一人。
朝日 春官の事ゆゑに、あまたの親たちからも恨まれました。ある人は内心詛ってゐる人もあるし、叉一部に羨しがつてゐる人もあります。萬事はお目にかかつた上で。
岩波 宮お一人のお蔭で、大勢の親(中宮、太后、梨壷等)に怨まれるようなことになりました。
新編 藤壷腹第一皇子をさす

○あまたの親
新編「親」は母親の意。梨壷、女三の宮、后の宮、嵯峨の院の小宮、太后ら。



次第は、逆しまなりや。今片方も、『うらやまし』とこそ思へ。それらも皆。

【前】したひはさか/\まなりや いまかたへもうらやましとこつ思 へそれらもみな
【毘】したひはさか/\まなりや           とこそ 
【桂】したひはさかし まなりや           とこそ
【関】したいはさかし まなりや           とこそおも 
【紀】したひはさか/\まなりや           とこそ
【浜】したひはさか/\まなりや           とこそ

【叢】したいはつかしまなりや。いまかたへもうらやましとこそ思へ。それらもみな。
【有】下にはまが/\しげなりや。今傍も羨ましとこそ思へ。それらも皆。
【校】下にはまが/\しげなりや。今かたへも羨ましとこそ思へ。それらも皆。
【全】下にはまがまがしげなりや。今かたへもうらやましとこそ思へ。それらもみな。
【岩】次第は さかしまなりや。 いまかたへも羨ましとこそ思へ。それらも皆
【角】次第は さかしまなりや。いまかたへもうらやましとこそ思へ。それらもみな」
【明】次第は さかしまなりや。いまかたへもうらやましとこそ思へ。それらもみな。
【お】次第は、逆しまなりや。今片方も、『うらやまし』とこそ思へ。それにも皆
【新】次第は 逆しまなりや。今片方も、うらやましとこそ思へ。それらも皆

○したいは
岩波 事は正に逆ではありませんか。「有全」は「下にはまが/\しげなりや」と読み、「全」は「ある人は内心詛誼ってゐる人もあるし」と注しているか、この本文の出所を知ることが出来ない。異文→補九六。
したいはさかしま(岡萩九羽琴家イ)したいさかしま(長)したいはさかしま(居)したいはさる/\さま(板)したひはさか/\ま(榊一二兼内棭紀前静古一)
明治 東宮の供をして、というのでは逆さまではありませんか。
おうふう 春宮のお供で参内するなどとは、順序が逆ではないか。「逆しまなり」は、和文では珍しい語。

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