物語学の森 Blog版 『源氏物語』の成立過程と引用文献 萩谷朴説編
『源氏物語』の成立過程と引用文献 萩谷朴説編
2018-01-24 Wed 08:17
折を見て 『源氏物語』の成立過程と引用文献の諸説一覧を作成中。まずは萩谷説を『紫式部日記全注釈』「解説・作者について」から引用。

①『源氏物語』は紫式部ひとりの手になる。
②『源氏物語』は夫宣孝の死去した長保三年(1001)四月二十五日から彰子後宮初出仕の寛弘三年(1006)十二月二十九日まで、満五年と八か月の間、約満五か年で、おそらく五十四帖の過半は書き進んでいた。
③『源氏物語』は具平親王周辺有心の友人の間で閲覧に供し、その批評感想を聞いては手を加え、さらに構想を練って書き進められた。
④引用文献は、仮名文はもとより、和・漢・天竺に及ぶ真名書に及ぶ。

 ともあれ、『源氏物語』の起筆は、夫宣孝死後の寡居時代であり、『紫式部日記』の記事(本文篇第七五節)によって、寛弘五年五月以前に、既に世問で評判となるほど、相当程度の分量が脱稿しており、それは、少なくとも紫の上を主人公とした『紫の物語』と呼ばるべきシリーズに属する巻々を含んでいた(本文篇第三六節)ということだけは、確言し得るところである。長保三年四月二十五日から寛弘三年(×八年)十二月二十九日まで、満五年と八か月、死別直後の三か月や半年は、おそらく筆を執る気にもならなかったであろうが、満五か年の時日を費やせば、おそらく五十四帖の過半は書き進んでいたのではなかろうか。
 長保五年以降、父為時が内裏や権門の莚席に招かれて、歌人として、さらに文人として大いに認められてきたということは、紫式部の日常にも、張りを持たせて、物謡創作の筆はすこぶる順調に進んだことであろう。『万葉集』『古今集』『後撰集』『古今六帖』『伊勢集』『貴之集』『躬恒集』『兼輔集』『雅正集』『為頼集』『小町集』『中務集』『蔵人実資歌歌合』等の歌書、『竹取』『伊勢』『大和』『宇津保』『落窪』『住吉』『交野』『正三位』『桂中納言』『狛野』『芹河』『平中滑稽譚』等の物語や説話、『土佐』『多武峰少将』『篁』『蜻蛉』『枕草予』等の日記随筆に及ぶ仮名文はもとより、『日本書紀』『続日本紀』『菅家文草』『白氏長慶集』『文選』『毛詩』『史記』『漢書』『後漢書』『孝経』『論語』『周礼』『儀礼』『老子』『荘子』『管子』『遊仙窟』『法華経』『涅槃経』『中阿含経』『金光明王経』等、和・漢・天竺に及ぶ真名書まで、『源氏物語』を構築するのに用せられた文献は枚挙に遑のないほど多いが、それらは、彼女が少女時代から学習し記憶していたものばかりでなく、時に応じ用に従って、改めて書巻を繙いて資料を検索することもあったであろう。
『紫式部日記』第六七節に、
 おほきなる厨子一雙に、隙もなく積みて侍るもの、一つには 古歌・物語の、えもいはず虫の果になりにたる、むつかしくはひ散れば、あけて見る人も侍らず。片つかたに書ども、わざと置きかさねし人も侍らずなりにし後、手ふるる人もことになし。
とあるのは、空閨をかこつ寡居時代のわびしさを強調し、自らの謙虚な生活態度を説明するための文飾にすぎず、実際は、これら莫大な和漢の図書を朝に夕に検索披見して、縦横に引用駆使する、すこぶる精力的な創作活動を展開していたものと考えねばならない。『源氏物語』ほどの良質を兼ねての超大作品が生きてゆく張りも失った未亡人の無為徒然のうちにおのずと成就してゆく道理がないからである。
 紫式部が自らいうごとく、『源氏物語』の巻々を、成るに従って具平親王はじめ有心の友人の間で閲覧に供し、その批評感想を聞いては手を加え、さらに構想を練ってし書き進んだとしたら、清少納言の『枕草子』のように、宮廷社交場裡で人目に触れるといった行路とは異なるが、やはり世間の評判が立つのは当然である。「徳孤ならず必ず隣有り」(『論語』八侑第三)の格言のとおり、宮仕えの経験はなく、門戸を鎖した未亡人の紫式部にも、日に増し「柴の物語」の作者としての名声は高まっていった。長保二年十二月に、皇后定子が崩御されて以来、弘徽殿女御義子・承香殿女御元子・暗部屋の女御尊子と、さして恐るべき競争者はいないが、なにしろ、長保元年十二歳の少女期に入内して、おそらく天皇から女性として認められることの遅かったであろう中宮彰子に、入内以来七年にもなろうとするのに、御受胎の慶びを見ない道長が、なんとか天皇の御寵愛を中宮の一身に集めようと腐心するとき、この「紫の物語」作者を中して評判の為時女を、中宮の教養掛として召し出だそうと思いついたのは当然のことである。

 1月24日は先生の命日です。
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