物語学の森 Blog版 女房・紫式部の給与とは。
女房・紫式部の給与とは。
2017-12-08 Fri 07:49
 紫式部の彰子後宮女房時代の給与について質問があったので調査。やはり、角田文衛に「命婦」「掌侍」としての調査がある(『御堂関白記』寛弘二年十二月二八日条の「藤香子」を前提とする)。

角田文衛『紫式部伝 その生涯と『源氏物語』』 2007年
 彼女が消息文の末尾に、『ことわろきかたにははべらず(勝手元が苦しいからではありません)』と書きえたのは、現任の掌侍であるがゆえに受ける位田、位禄、季禄、月料、雑用料、節禄、臨時の賜禄などを背景にしていたのである。彼女自身の家計に一顧も与えず、作品だけを問題にするのでは、やはり式部の全体は摑めないであろう。彼女を従五位下と仮定して、寛弘五年当時の年収入(臨時の賜物を別として)を計算してみるのも、興味あることである。 「紫式部の本名」(初出1969年)34頁

角田文衛『紫式部の世界』 1984年
 所領からの収入は、一旦、中宮職という官司の会計に入り、そこから更めて女房以下に俸禄が支給されたのである。ところで、中宮,彰子(—のち皇太后、太皇太后、上東門院) の女房としての紫式部の立場であるが、少くとも彼女が初め正六位上の命婦であったことは間違いがない。命婦というのは、後宮職員令の規定によると、五位以上の位を帯びた婦人(内命婦)と五位以上の官人の妻(外命婦)のことである。しかしこの時代になると、命婦は、正六位上より上の位をもち、掌侍と女蔵人の中間に位する官女の名となっていた。「紫式部と女官の組織」初出1976年、284頁

「正六位上より上の位」となると従五位下となり、先の山上憶良の年収1,436万円が想起される(山口博説)。但し、五位に与えられる位禄は規定により、女はこの1/2とされる。それでも従五位下の女官となると、718万円!。

いっぽう、このような記述もある。

服藤早苗『「源氏物語」の時代を生きた女性たち: 紫式部も商いの女も平安女性は働きもの』2000年
 「半年間の勤務日数が規定に足りないので等第禄をもらえない女房もいたのであろう。さらに、特別な下賜品が配られたが、これも女房.女官たちの収入である。 ただし、典侍や掌侍の年給は最下位の規定だったから、すでに実行されていなかったのではないか、ともされている。123頁

要調査事項。
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