物語学の森 Blog版 鈴木朖『源氏物語玉の小櫛補遺』と琴曲「廣陵散」
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鈴木朖『源氏物語玉の小櫛補遺』と琴曲「廣陵散」
2017-11-27 Mon 05:56
 岩波文庫『源氏物語』第二巻「明石」巻の「広陵散」は新大系の見解を踏襲、抄出している。「くわう」はカ行合拗音としてながく遺っていたことが理由らしい。ただし、大島本にも吉見正頼の命による室町後期の注記として、「広陵」とある。しかも代表的な現存琴曲「広陵散」「陽関三畳」「秋風辞」「酒狂」「昭君引」「大胡笳」「梅花三弄」「平沙落雁」「幽蘭」の、その筆頭に当たる曲であり、300曲ほど知られる琴曲にも該当するものを見ないので、あえて、これを別の曲とする必要はないのである。

 参考文献、上原「大島本『源氏物語』本文注釈学と音楽史」『考えるシリーズⅡ②知の挑発 源氏物語の方法を考える』武蔵野書院、2015年
※「かうれう」は諸本異同なし。

岩波文庫『源氏物語』第二巻「明石」巻
注10 古来、「広陵(くわうりよう)」の字を当て、竹林の七賢の一人、嵆康(けいこう)とともに絶えたとされる秘曲「広陵散」のことと解するが、『玉の小櫛補遺』は、「廣陵散ならばくわうりようと書くべきを、仮名違へるはいぶかし」と指摘する。「手」は曲。

鈴木朖『源氏物語玉の小櫛補遺(文政4 [1821] 序 )
かうれうといふ手を 十六のひら左 
 廣陵散ならばくわうりようと書くべきを、かなちがへるはいぶかし、又廣陵散をくわうりようとばかりにいふべからず、又廣陵散は稽康にて絶たりと云侍るに、こなたに伝はれるも覚束なし、外にかうれうといふ手のありしにや。
 
『字通』 廣-廣kuang、曠khuangは声義近く、広大の意。陵liang、(隆)liuamは声義に通ずるところがある。/現代中国語 guǎnglíngsǎn

  阿波渡也 渡ナリ 躬恒哥 淡路にてあわとはるかにみし月のちかき今夜ハ所からかも
 あはとはるかに(なと)の給て
    此哥のあはと見るハ海のうへにあはのやうに淡路嶋のうかひ出たる心ナリ 日本記にも潮水のあハこりて嶋となるといふ事あり
   あはとみるあはちのしまのあはれさへ
  のこるくまなくすめるよの月ひさしう・
  てふれ給はぬきむを・ふくろよりとりいて
  給て・はかなくかきならし給へる御さまを・み
  たてまつる人もやすからす哀にかなしう
         広陵 琴ノ秘曲 
  おもひあへり・かうれうといふ・てをあるかきり
    嵆康か花陽の亭にして神人に会て伝たる曲也此神人ハ昔の伶倫の変化也
  ひきすまし給へるに・かのをかへの家も
  松のひゝき波の音にあひて・心はせあるわか」17ウラ
  人は・身にしみておもふへかめり・なにとも
     此おもてかの面なり 柴振人 皺古人
  (きゝ)わくましき・このも・かのもの・しはふる人
  ともゝ・すゝろはしくて・はま風をひきありく・  大島本『源氏物語』「明石」巻
 いがわまこと氏twitterで、ご指摘いただきましたので、「呉音・漢音」の記述を削除しました。
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