物語学の森 Blog版 長元四年(1031)、力士の反則行為の「調査委員会委員長」は藤原実資だった。
長元四年(1031)、力士の反則行為の「調査委員会委員長」は藤原実資だった。
2017-11-15 Wed 06:42
 日馬富士の暴行問題。格闘技は昔から絶えない問題。これは平安時代にも問題になっている。
 長元四年(1031)7月29日に行われた天皇御覧の相撲節では 、阿波の相撲人・良方は、敵の髪を執る反則があった。良方は後一条天皇の命令により、近衛府に拘禁される。8月3日、右近衛大将・藤原実資が赦免を天皇に言上、翌日保釈されている。当時、力士の反則行為等の「調査委員会委員長」は、右近衛大将の専権事項、それが藤原実資だった。右府賢人と称された実資(75歳)、すでに右大将を任じて30年、天皇、諸大臣も子の世代にあたり、発言権は絶対だった、ということになる。

 『小右記』
七月廿九日 小時、『阿波相撲良方執敵髪。有勅。令候府』者。
八月三日、早旦頭中将(源隆国)来、談相撲間事、阿波相撲人良方候府住所者、明日左・右大弁(藤原重重尹・源経頼)可参入由、示遣之。有可参之報。
八月四日、己卯、阿波相撲人良方被免候府、所内大臣(藤原教通)伝勅云々。
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