物語学の森 Blog版 やはり紫式部の幼名は「もも」であろう。
やはり紫式部の幼名は「もも」であろう。
2017-11-10 Fri 08:59
 西本願寺本『平兼盛集』「巻末佚名家集」には、「藤式部」「亡くなりて」と紫式部の亡くなったことが記されている。これは紫式部が越後守として赴任していた父為時に宛てた書簡を見た娘・賢子がその本文の脇に書き付けた和歌。109番歌の「人のもと」は、賢子の恋人で、藤原頼宗(岡一男説)、藤原定頼、あるいは公信(萩谷朴説、、久下裕利説は定頼)などがあり、ここから没年を長和三年二月(1014年、岡一男説)、寛仁三年年内(1019年、萩谷朴説)、寛仁四年説(1020年、平野由紀子説、後掲)と三説がある。ただし、賢子と和歌を詠み交わした相手を賢子と恋愛関係にある必然性はないとして、この歌集はかつての「宰相の君」で、後一条天皇(敦成親王)乳母であった藤原豊子(美作三位)のものとする推定もある(森本元子説)。久下説は、歌集を藤原豊子のものとする森本説を支持し、同じ頃、妹を喪った定頼に宛てたものと見る。

    同じ宮の藤式部、親の田舎なりけるに、「いかに」など書きたりける文を、式部の君亡くなりて、そのむすめ見侍りて、物思ひ侍りける頃、見て書きつ。
107 憂きことの まさるこの世を 見じとてや 空の雲とも 人のなりけむ
    まづかうかう侍りけることを、あやしく、かの許に侍りける式部の君の
108 雪積もる 年にそへても 頼むかな 君を白根の 松にそへつつ
   この娘の、あはれなる夕べを眺め侍へりて、人のもとに「おなじ心に」など思ふべき人やはべりけむ
109 眺かむれば 空に乱るる うき雲を 恋しき人と 思はましかば」
     又、三月三日、桃の花遅く侍りけるとし
110 わが宿に 今日をも知らぬ 桃の花 花もすかむはゆるさざりけり
                           (はなもすかむははゆるさらけり 本まゝ) 

 110は、下句に本文の乱れがあるものの、以上にように校訂し、「花もすかむ」は桃花の宴に際して、酒に桃の花びらを浮かべる風流韻事と解する。桃を愛した母が突然亡くなり、我が家(賢子邸)の桃の花はまだ咲かないので桃の酒を飲むことも許されない、となる。これは『紫式部集』の宣孝との「桃」のやりとりと照応する。やはり紫式部の幼名「もも」説を再度提示しておきたい。
 
  陽明文庫本 『紫式部集』
   桜を瓶に立てて見るに、とりもあへず散りければ、桃の花を見やりて、
36 折りて見ば 近まさりせよ 桃の花 思ひ隈なき 桜惜しまじ
     返し                        
37 桃といふ 名もあるものを 時の間に 散る桜にも 思ひ落とさじ
 ※ 36 実践女子大学本「挿して見るに」、37 実践女子大学本「返し、人」

 なお、紫式部の生存を確認できる最終記事は、権大納言兼右大将藤原実資とこの三月に出家した藤原道長の出家に関する情報交換をしているものである。
『小右記』寛仁三年五月十九日条
  参内 宰相(資平)乗車尻、諸卿不参、参母后御方(彰子)、相逢女房、有仰事等、是入道殿(道長)御出家間事等也。

 この記事から平野由紀子説は、寛仁三年五月には存命だった紫式部を、「この歌群のように三月三日に娘賢子がしのんでいる」詠歌とし、「紫式部の没年の上限は、寛仁四年と考えたい。下限は万寿二(1025)年とみる」とする。万寿二年は、娘の賢子が親仁親王(後冷泉天皇)の誕生に伴い、その 乳母となった年。これが現在のところ、紫式部伝記研究の最新の説。

参考文献
岡一男「紫式部の晩年の生活附説 紫式部の没年について 『平兼盛集』を新資料として」『増訂 源氏物語の基礎的研究』東京堂、1966年
萩谷朴「解説・作者について」『紫式部日記全注釈』角川書店、1973年
森本元子「西本願寺本兼盛集付載の佚名家集―その性格と作者」『古典文学論考 枕草子 和歌 日記』新典社、1998年、初出1982年
平野由紀子「逸名家集考―紫式部没年に及ぶ」『平安和歌研究』風間書房、2008年、初出2002年。
上原作和「紫式部伝」『人物で読む源氏物語』勉誠出版、2005~2006年、ならびに「源氏物語の時代」『光源氏物語傳來史』武蔵野書院、2011年
久下裕利「宇治十帖の執筆契機─繰り返される意図」「後期物語創作の基盤─紫式部のメッセージ」「大納言道綱女豊子について─『紫式部日記』成立裏面史」『源氏物語の記憶―時代との交差』武蔵野書院、2017年、初出2015、2012、2017年

 11月9日は1917年生まれの萩谷朴先生、生誕百年の日に記す。

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