物語学の森 Blog版 北大路春房『香炉の夢』
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北大路春房『香炉の夢』
2017-09-20 Wed 00:10
  「香炉の夢」(北大路春房・婦人世界 1月-昭和2年5月)、「乱刃の巷」(青山桜洲・日本少年、1月-12月)、「栄光の騎手」(村岡筑水・前述)、「炎の渦巻」(青山桜洲・少女の友、1月-12月)、「青い小蛇の死」.(闇野冥火・少女の友1月-12月)の五大長篇をはじめ、「前世紀の怪魔境」(関野冥火・日本少年・4月―7月)の中篇、それに読切りの短篇を若干、五つのペンネームをフルに動員して、千手観音もどきの大活躍である。
 「香炉の夢」はこの作者のものとしてはわりあいとリアリスチックな大作で、掲載誌も婦人世界であったためか、念入りに書いていたという。(皓氏談)時代は江戸、舞台は肥後八代在。この八代在に舞台をえらんだのは、房子夫人の郷里に近いからであると思われ、附近の自然描写など夫人の入智慧を借用したかと考えられる。そこにみゆき・小菊という姉妹が、従兄清之助といっしょに暮らしている。姉妹は肥後藩士の遺子で、姉のみゆきは勝気で才気があり、妹の小菊は内気でやさしい性格であった。従兄清之助は不具の身で彫刻にうち込み、彼のノミ一本で三人の生計を立てている。彼の父は数年前敵討のために旅出して帰らず、彼は美しい許婚者みゆきとの将来に、わずかな希望を託している。ところが、みゆきは他に恋人ができて駈落する。妹の小菊は小四郎という美男の小姓と恋仲であったが、みゆきの失踪を知った従兄清之助は、一夜狂乱のあまりに小菊を犯す。一方、小四郎は主家の未亡人や小間使に挑まれるが、それらを振り切って小菊といっしょに逃げようとする。しかし小菊は身の汚れを恥じて泣く泣く拒絶、小四郎は怒って出奔する。さきに恋人と駈落したみゆきは放浪の果て、疲れ切って阿蘇山麓へ流れ来る。そこへ偶然、清之助と小菊も移住、清之助はみゆきの幻影をモデルに観世音菩薩の像を刻む。又、彼の父も敵探しの旅を終えて巡礼の少女とともに来り、主要人物すべてか阿蘇へ集まって物語の再展開が期待されるところで、作者病気のため中絶しているのだ。これまでのところでは年来の恋が成就したカップルは一組もなく、みなすれ違いに人生のあらぬ街道を心ならずも歩いている。みゆきの邪恋というわずかなつまずきが発端となって、善良な男女の人生をかくも狂わすものだというのが一篇のテーマとみられる。清之助の性格描写は幸田露伴を想わせるものがあって、とくに精彩をはなち、女性の描写も少女小説の単純から一歩ぬけ出して複雑化されている。この作者も女を知ったという感が深い。なおこの小説には、小菊を描くのに源氏の夕顔を引用したり(第一回)、平家物語の想夫恋をひき合いに出したり(第三回)、清之助の芸術家気質に「天才」という語を何べんも使用したりしているのは、後年の池田博士の面目をしめして興味深い。掲載当時は大変な評判で、ほかの作者の写真はときどき雑誌に載せられるのに、北大路春房先生の写真はどうして一回も載せないのかと、抗議を申し込んだ読者もあったくらいである。(長野嘗一「小説家・池田亀鑑」二、「學苑」昭和女子大学光葉会、1958年6月)

 なお、「香炉の夢」はことわりなく中絶となったため、10月号の読者欄に二通「この4ヶ月待っている」「北大路先生は病気やならん」旨の苦情が寄せられている。
 

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