物語学の森 Blog版 岩波文庫新版『源氏物語』を読む。その二。
岩波文庫新版『源氏物語』を読む。その二。
2017-07-30 Sun 07:12
 夕顔巻の光源氏覆面説に関する註釈を、拙註『人物で読む源氏物語』によって示し、あわせて岩波文庫新版の見解を示す。光源氏の和歌については、加筆が見られる(校注・藤井貞和/補訂・陣野英則)。覆面説は、やはり『新編全集』中、最も珍解と云うべきであろう。

○顔をもほの見せたまはず-『完訳』「覆面と解されているが、いかが。相手からまともに見られぬよう務めているというのではないか」。『新編全集』「覆面は僧兵の服装としてよく知られているが、『北野天神縁起絵巻』には、普通の僧侶、『春日権現縁起絵巻』には、女性の各覆面姿が見える。臨機に広く用いられたとすれば、ここもそれか。前記の三輪山説話を加味するねらいが察せられ、また「任氏伝」の人物が覆面しているのも思いあわせられる」『新大系』「顔を袖などで隠し続けて正体を見せないでいる。布などによる覆面ではあるまい」。盛行した覆面説だが、後の「紐とく花」の解釈からして、『完訳』『新編全集』にも揺れがある。袖で顔を隠す程度の意で、今は否定されたと考えて良い。  以上『人物で読む源氏物語 夕顔』

※岩波文庫新版「顔を袖などで隠し続けて正体を見せないでいる。布などによる覆面ではあるまい」

○夕露に紐とく花は玉鉾のたよりに見えし縁にこそありけれ-源氏の贈歌。「夕露に」というが、まだ夕方にはなっていない。「紐とく花」は花が開く意と女の下紐を解く意を懸ける。自分が今、顔を見せる意と読む『新大系』。「玉鉾の」は「道」に係る枕詞。『新大系』「夕べの露を待って開く花のかんばせは、あの道すがらにあなたによって見られたご縁であったことよ。「えに」は「縁に」。女の「心あて」の歌(103頁)を受けて、あの夕べに見られた顔はわたし(源氏)であったと明かす」。今、こうして下紐を解く契りを結ぶのは、五条大路で出会った縁によるのです、の意であろう。『完訳』「「花」は、源氏自身の顔。「紐とく」は、顔を見せること」。『新編全集』「「夕露」は源氏。「花」は女。「紐とく」は下紐を解いて契りを交すの意で、二人が深い仲となったのは、五条の宿の通りすがりに見かけた奇縁によるのだ、の意」。 以上『人物で読む源氏物語 夕顔』(『新大系』の引用で一部略した部分を補った)

※岩波文庫新版「源氏の歌。夕べの露を待って開く花(夕顔)のかんばせは、あの道すがらにあなたによって見られたご縁であったことよ。夕顔の花を詠んだ歌(242頁)を受け取ったのはこのわたしだと明かす。夕顔の花と女とを重ねて、夕べの露を待って開く花のようにあなたがうちとけるのは、あの道中のしるべのように見えた枝の縁によるものだったのですよ、とも」

 『人物源氏』の「夕顔」巻註釈作業中の2004年10月23日(土曜日)17 時56分、新潟中越地震でパソコンラックが激しく揺れたことを思い出しました。朝方の私にとって、この時間にデスクに向かっていたことはこの当時から極めて稀でした。五冊同時刊行という、たいへんな作業量でしたが、今ではたいへんな財産となっています。全註釈としていずれ公刊予定。
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