物語学の森 Blog版 岩波文庫新版『源氏物語』を読む。その一。
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岩波文庫新版『源氏物語』を読む。その一。
2017-07-26 Wed 06:37
 新日本古典文学大系の校注者による文庫化と思いきや、本文も表記も異なり、註釈も一新されている。研究者必携。

例えば、

新大系10頁⑬  野分立(た)ちてにはかに肌寒き夕暮の程、常よりもおぼし出づること多くて、ゆげいの命婦といふを遣はす。夕附夜のおかしき程に出し立てさせ給て、やがてながめをはします。

●大風の吹き散らした夜に月が美しい。

文庫6頁⑫ 野分だちてにはかに肌寒き夕暮の程、常よりもおぼし出づること多くて、ゆげいの命婦といふを遣はす。夕附夜のおかしき程に出し立てさせ給て、やがてながめをはします。

夕月。大風の吹き散らした夜に月が美しい。「はなやかにさし出たる夕月夜」(②賢木四節)も秋の月。「夕附夜」は宛て字

 「野分たちて」と濁らず清音で読むのは、校訂の室伏信助説が生きていたところ、文庫では濁音に改められている(ただし、「風、野分だちて吹く夕暮に、むかしのこと おぼし出でて、ほのかに見たてまつりしものを、と恋しくおぼえ給に」新大系四巻「御法」176頁④のように不統一ではあった。いずれも藤井貞和校注)。また、「夕附夜」は宛て字ではなく、「夕附く-夜」で夕方めいた西の空のこと。このことは『正徹物語』を踏まえて拙文で述べたところ。担当者はぜひ再検討頂きたい。

 以下、拙稿引用。

六二「夕月夜小倉の山」の歌は、昔から人の不審する歌なり。これは九月尽の歌なり。「夕づく夜」は夕から月の出づる四日五日の頃なり。いかにとおぼつかなきか。万葉に「夕づく夜」といふに、書様あまたあり。「夕月夜」と書きたるは、夕から月の出づる頃のことなり。又、「夕付夜」とかきたるは、月にはあらず、ただ、夕暮れからやうやう暗くて夜になりたるを「ゆふづくよ」といふなり。古今の歌は夕につきたる夜の心にて「夕付夜小倉山」と詠みたり。             『正徹物語』 ※初出には傍線なし。

○「ゆふづくよ」は、『正徹物語』の定義が、大島本『源氏物語』の表記に合致する。すなわち、十三夜以降の数日間、夕方東の空に出る月を「夕月夜」、夕方めいた西の空を「夕づく」「夜」、これは夕空に月が懸かっていることを必要要件としない。

上原作和「「ついたちごろのゆふづくよ」の詩学----桃園文庫本「浮舟」巻別註と木下宗連書入本」「国語と国文学」2014年11月号
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