物語学の森 Blog版 折口信夫『死者の書』の「晨朝」
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折口信夫『死者の書』の「晨朝」
 折口信夫の『死者の書』(1943年)に、「万法蔵院(=当麻寺)の」六時の鐘の一つ「晨朝(じんちょう)」が記されてある。多くの事典でこれを4時間毎に一日6回、時を知らせる鐘を鳴らすことで、晨朝(しんちょう)8時、日中(にっちゅう)12時、日没(にちぼつ)16時、初夜(しょや)20時、中夜(ちゅうや)0時、後夜(こうや)4時。したがって、「日本国語大辞典」では、「晨朝」を午前8時とするが、一部の事典に午前6時とする。折口の理解は後者のようである。例えば、高野山金剛峰寺の「六時の鐘」は、現在も午前6時から午後10時までの偶数時に時刻を.刻んでいる。後代に一刻ずつ後ろにずれたようである
 『死者の書』第五章は「丑刻(午前1~3時)」から語られ始め、「午前二時に朝の来る生活」とあり、さらに「暁」から「晨朝の鐘」の時、「夜の曙色」と推移する。「曙色」は午前8時ではあり得ないので、やはり、折口は、「晨朝」を午前6時と考えていたことが判明する。本来なら「後夜」とあるべきところか。取材源が古代ではなく、江戸時代以降の慣習によったものと判断される。

第五章

 丑刻に、静謐の頂上に達した現し世は、其が過ぎると共に、俄に物音が起る。月の、空を行く音すら聞えそうだった四方の山々の上に、まず木の葉が音もなくうごき出した。次いではるかな谿のながれの色が、白々と見え出す。更に遠く、大和国中の、何処からか起る一番鶏のつくるとき。
 暁が来たのである。里々の男は、今、女の家の閨戸から、ひそひそと帰って行くだろう。月は早く傾いたけれど、光りは深夜の色を保っている。午前二時に朝の来る生活に、村びとも、宮びとも忙しいとは思わずに、起きあがる。短い暁の目覚めの後、又、物に倚よりかかって、新しい眠りを継ぐのである。
 山風は頻に、吹きおろす。枝・木の葉の相軋く音が、やむ間なく聞える。だが其も暫らくで、山は元のひっそとしたけしきに還る。  唯、すべてが薄暗く、すべてが隈を持ったように、朧ろになって来た。
 岩窟は、沈々と黝くらくなって冷えて行く。
 したした。水は、岩肌を絞って垂れている。
 耳面刀自。おれには、子がない。子がなくなった。おれは、その栄えている世の中には、跡を貽して来なかった。子を生んでくれ。 おれの子を。おれの名を語り伝える子どもを――。岩牀の上に、再白々と横って見えるのは、身じろきもせぬからだである。唯その真裸な骨の上に、鋭い感覚ばかりが活いきているのであった。まだ反省のとり戻されぬむくろには、心になるものがあって、心はなかった。耳面刀自の名は、唯の記憶よりも、更に深い印象であったに違いはない。自分すら忘れきった、彼の人の出来あがらぬ心に、骨に沁しみ、干からびた髄の心までも、唯彫えりつけられたようになって、残っているのである。

 万法蔵院の晨朝の鐘だ夜の曙色に、一度騒立さわだった物々の胸をおちつかせる様に、鳴りわたる鐘の音ねだ。一いっぱし白みかかって来た東は、更にほの暗い明け昏れの寂けさに返った

『日本国語大辞典第二版』【晨朝】
〔名〕(「しんちょう」「じんちょう」とも)
(1)仏語。一昼夜を六分した六時(晨朝・日中・日没・初夜・中夜・後夜)の一つ。辰(たつ)の刻。現在の午前八時頃。
*霊異記〔810〜824〕上・三「晨朝の時に至りて、鬼已に頭髪を引き剥れて逃げたり」
*神楽歌〔9C後〕明星「〈本〉きりきり 千歳栄 白衆等 聴説晨朝 清浄偈 や 明星は」
*金刀比羅本保元物語〔1220頃か〕下・新院御経沈めの事「後夜・晨朝(シンテウ)に念仏する僧侶もなければ」
*往生礼讚要義釈観門義鈔〔1212〜24〕一「晨朝隔〓卯、辰時也」
*太平記〔14C後〕三五・北野通夜物語事「漏箭(ろうせん)頻に遷、晨朝(ジンデウ)にも成ければ、夜も已に朱の瑞籬を立出て」
*饅頭屋本節用集〔室町末〕「晨朝 ジンデウ」
*浄瑠璃・心中天の網島〔1720〕橋尽し「夫婦が命みじか夜とはや明わたる、じんでうに最期は今ぞと引よせて」
(2)仏語。寺院で行なう朝の勤行。
*今昔物語集〔1120頃か〕一七・一七「亦常に持斉して毎日の晨朝に、地蔵〓の宝号一百八反唱ふ」
*咄本・当世手打笑〔1681〕二・一一「下隣に、じんじゃうを申おやぢ有しが、れいのせめかけて、かねをたたきければ」
*妙好人伝〔1842〜58〕二・上・若州宇右衛門「毎朝寺の晨朝(ジンデウ)の時参詣し道筋近辺の同行を誘ひもし」
(3)「じんじょう(晨朝)の鐘」の略。
*光悦本謡曲・三井寺〔1464頃〕「後夜の鐘を撞く時は、是生滅法と響く也。晨朝の響きは、生滅滅已、入相は、寂滅為楽と響きて」
*浮世草子・懐硯〔1687〕二・三「終夜撫和らげて野寺の晨朝(ジンデウ)と同しくわかれて帰りける」
*浄瑠璃・博多小女郎波枕〔1718〕長者経「じんでうのひびきは、生滅めったに入用しれず、じゃくめついらざる鐘の声」
2017-06-02 Fri 08:14
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