物語学の森 Blog版 『この世界の片隅に』と『隣組』、そしてモダンガール
『この世界の片隅に』と『隣組』、そしてモダンガール
2017-02-15 Wed 08:11


  古典講座で『隣組』とモガ(モダンガール)の話をした後、映画『この世界の片隅に』に足を運ぶ。すると回覧板を運ぶ際に『隣組』が流れ、主人公・北条すずの義姉が「モガだった」巡り合わせ。受講生の中には、「ピアノを弾くモガ」の写真をお持ちの方もありました。 萩谷先生の『ボクの大東亜戦争―心暖かなスマトラの人達、一輜重兵の思い出』(河出書房新社、1992年)には『隣組』を歌った義兄・徳山璉(1903-1942)がいくどか登場します。その妻が「モガ」として知られる先生の長姉・徳山寿子(1902-1992)。徳山寿子は、夫の死後、日本テレビに「徳山寿子のキッチン楽団」として出演したり、自宅でピアノ教室を開いて、坂本龍一を音楽の世界に導いた人として知られていますが、学生時代、萩谷先生は目白の姉の家に下宿していたことを回顧録に数次書き残しています。下宿から池田亀鑑邸には歩いて通える距離だったとも書いてありました。その徳山璉の『徳山璉随筆集』(輝文館、1942年)は国立国会図書館のデジタルコレクションで読むことが出来るようになりました。

 『源氏物語』「若紫」巻の「雀の子」ではありませんが、戦争中に夫妻で烏を飼っていたことが、以下のように綴られています。

 私はそのまゝそつと水の盥の上に持つてゆかうとした。この時、運わるく、うちの犬がのつそりとあらはれた。これが間違ひのもとで、結局、あつと云ふ間もなく、止り木がはづれ、烏はあれよあれよと空高く舞ひ上つたと云ふと、何んだか目出度いやうだが、
 私の氣持ちは、周章狼狽の極に達してゐた。空を飛んでる鳥について、私は地上を走つた。近所の人は、防空演習で外に出てゐたので、ゲラゲラ笑つて見てゐる。妻からは、餘計なことをするからだと案の錠叱られる。ロクに飛べまいと思つてゐた烏が、
 かくも氣持ちよく大空を羽搏きをさせて飛んでゐるのを、私はたゞぼんやり口を開いて空を眺めてゐた。(略)

 その夜は防空演習のお蔭で、どこの家も電氣を消さなければならなかつた。それを利用して、私の家だけは、警戒管制の時に電氣を明るくつけて、二階の窓を開けて置いた。勿論これは馨防團に見附かれば叱られるが、隣組の了解のもとに行つた。そして私は晝の追ひかけで、ぐつたり疲れて、うとうと眠りかけてゐる時、弟がたうとう烏をおびきよせて、十二時間目につかまへた。今では鳥は益々子供や私達にもなついて、毎朝行水をやつてゐる。然しもう水は冷いので、昨夜ののこりの風呂の湯で行水させると、
 老人が湯に入つた時のやうに、ううんとうなつて、いつまでも樂しんでゐる。鶯や、いんこや、うづらを飼ふより烏を飼ふことは、
 ずつと澁い趣味だと思つてゐる。もう逃さないつもりだ。

 年上で怖かった妻が寿子、弟が大学院生時代の萩谷先生のことのようです
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