物語学の森 Blog版 池田亀鑑「 愛宕山の思ひ出」『花を折る』より
池田亀鑑「 愛宕山の思ひ出」『花を折る』より
2016-12-12 Mon 08:11
 池田亀鑑「 愛宕山の思ひ出」(1954年2月9日/NHK東京)はユーモラスな著者を知ることが出来る楽しい随筆のひとつ。日比谷の東京放送会館に移転する以前、まだ愛宕山に放送局があった二十数年前の話。生放送を終えてタクシーに乗ったところ、大勢のファンに車を囲まれ、「私はふと日本文学史の講義と結びつけた。私の話が評判になったんだなと合点した」と記して、放送内容の反響で大スターになったと御満悦でいたところ、タクシーが皇居前広場に差し掛かったあたりで、運転手から、第一放送で、林長二郎(長谷川一夫/1908-1984)の「金色夜叉」の放送があり、かの長二郎を待っていたファンによって件の騒動になったと言う説明を受けて得心。清少納言なら、さしずめ「はしたなきもの」に入れるだろう、「同種類の錯覚」であったと締めくくった話。

 調べてみると、映画として1932年『金色夜叉』( 製作:松竹キネマ蒲田撮影所/寛一:林長二郎、お宮:田中絹代)が製作されて大ヒットしていることから、その前後だとすると、池田亀鑑の言う「文学史」とは昭和6年の「国語」、大騒ぎになったのは、翌7年1月12日、第一で午後8時50分から9月40日まで長二郎が間貫一、お宮か田中絹代の「新釈金色夜叉」が放送され、第二で7時30分から8時15分まで池田亀鑑が「国語」を担当してニアミスした、その夜の出来事と特定できました。

 なお、『花を折る』には、(NHK放送二九・一一・九)とありますが、11月前後は古典講座を連続して担当している繁忙期、二の漢字の本文転化、実際は2月9日放送のようです。
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