物語学の森 Blog版 池田亀鑑戦前のラジオ出演記事
池田亀鑑戦前のラジオ出演記事
2016-12-10 Sat 08:33
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昭和8年(1933)2月14日 朝日新聞・朝刊「ラヂオ」
 家庭大学講座
 『王朝文學と女性』
 後2・00 池田亀鑑

 王朝時代は日本文学史上、宮廷を中心とする女性の文藝が、もつとも華やかな光彩の中に、繁栄の全面を現出した時代である。

私達はこの時代においてのみ多くの女流作家群を、不朽の星影として日本文学史上に仰ぎ見ることが出来ると思ふ。それ等の作家及び、作中の女性達は、今や一千年の「時」をへだてながら、しかも永遠に滅ぶことなき「女性」の諸相を語つている。

 彼等の憂ひ、哀しみ、よろこびは今日といへども決して古典として死滅した形骸ではない。むしろ、生々として「今」を生き、「未来」にも生きる永遠の女性の眞実である……といふやうなことについて話したいと思ふ 

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昭和10年(1935)9月12日 朝日新聞・朝刊「ラヂオ」
月の宴 朝十時三十分より 池田亀鑑
 我が国は温和なそして優雅な自然に恵まれ、多くの典雅な自然観照の文藝を生んだ。月雪花に對する詠嘆は日本文学の重要な部分を占めてゐる。就中月はあらゆる様式の作品の背景となり、特に抒情文學の中心的な題材となつてゐる。中秋の明月を鑑賞する優雅な行事たる月の宴も、月に對する文學的行事として行はれたものと見て差支はない。即ち文學を愛好する人人が、秋の月のもつ清澄の美を賞しつゝ、それを主題又は機縁として詩文を創作して一夜をおくるのが月の宴である。

 『朝日新聞』に見える池田亀鑑のラジオ記事は二つ。戦後もさかんに出演していることは『花を折る』に、その放送原稿が掲載されていることから知られます。昭和8年は、東大国文科副手時代の最終年、大幅に減ったものの、まだ小説『首のない若君』も書いていた時期にあたります(だだし、翌9年助教授昇格により筆を折っています)。ちなみに社団法人東京放送局(JOAK:現在のNHK東京ラジオ第1放送。略称:AK)がラジオの本放送を始めたのは、1925年(大正14年)3月22日9時30分でした。


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