物語学の森 Blog版 宇治八宮邸と音羽山・槇尾山
宇治八宮邸と音羽山・槇尾山
2016-10-10 Mon 06:38
京阪宇治路線図

  宇治に参うでで久しうなりにけるを、思ひ出でて参りたまへり。七月ばかりになりにけり。都にはまだ入りたたぬ秋のけしきを、音羽の山近く、風の音もいと冷やかに、槙の山辺もわづかに色づきて、なほ尋ね来たるに、をかしうめづらしうおぼゆるを、宮はまいて、例よりも待ち喜びきこえたまひて、このたびは、心細げなる物語、いと多く申したまふ。
 「亡からむ後、この君たちを、さるべきもののたよりにもとぶらひ、思ひ捨てぬものに数まへたまへ」 大島本「椎本」巻

※大島本傍記/音羽山都近所也 後撰 松虫の はつ声さそふ 秋風は 音羽山より 吹はじめけり

実測上では、平安京~宇治となると遙か彼方、遠回りとなる音羽山付近。以前、入手していた「京阪電車沿線案内図」だと音羽山、八宮邸、槇尾山が至近で図示可能だと判りました。

 槇尾山は「橋姫」巻にも霧深い山路として登場。薫は大い君と唱和をし、あえて険しい山道を尋ねてきたのに、つれない態度の大い君にやるせない恨み言を詠み掛ける、という設定に使われています。「険しい山道」は、素直に読めば、「音羽山」を左にかすめる東山道-山科(川添いにあるいは船下りか)-六地蔵-木幡-宇治と遠回りしたことになります。

  峰の八重雲、思ひやる隔て多く、あはれなるに、なほ、この姫君たちの御心のうちども心苦しう、「何ごとを思し残すらむ。かく、いと奥まりたまへるも、ことわりぞかし」などおぼゆ。
 「あさぼらけ 家路も見えず 尋ね来し 槙の尾山は 霧こめてけり
 心細くもはべるかな」
 と、立ち返りやすらひたまへるさまを、都の人の目馴れたるだに、なほ、いとことに思ひきこえたるを、まいて、いかがはめづらしう見きこえざらむ。御返り聞こえ伝へにくげに思ひたれば、例の、いとつつましげにて、
 「雲のゐる 峰のかけ路を 秋霧の いとど隔つる ころにもあるかな」 明融本「橋姫」巻

※大島本傍記/後 白雲の 八重にかさなる をちにても 思はん人に 心へたつな おもひやる 心斗は さわらしを なにへたつらん嶺の八重雲 直幹
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