物語学の森 Blog版 秋の「入り方の月」の時間 『源氏物語』椎本巻
秋の「入り方の月」の時間 『源氏物語』椎本巻
2016-10-08 Sat 08:35
 「さし出(づ)」とあるのに、月が西に沈むと訳すことについて、考えてみることとします。

大島本「椎本」巻
●夜深き月の明らかにさし出でて、山の端近き心地するに、念誦いとあはれにしたまひて、昔物語したまふ。
●こなたにて、かの問はず語りの古人召し出でて、残り多かる物語などせさせたまふ。入り方の月、隈なくさし入りて、透影なまめかしきに、君たちも奥まりておはす。
●まだ夜深きほどに帰りたまひぬ。

集成
「(月が)山の端に沈むのも間近な思いがするので、八の宮が、月によそえて死期の近い我がみを観ずる趣。「山の端」は山の頂」
新編全集
夜更けて、暁にはまだ遠い時刻の月。雲に隠れていたその月が、雲間をやぶって輝き出たという意。後に「入り方の月は隈なく…」とあるのと照応。「さし出て」から「入り方の月」までの間。後に薫の帰京がやはり「夜深きほど」とあるから、そう長い時間ではあるまい。
現代語訳
まだ明け方には遠い時刻の月が明るく顔を出して、まもなく山の端に沈む様子なので、宮は、しみじみと念誦をなさって、それから昔の思い出話をなさる。
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条件① 「入り方の月」とあるから、日の出前でなければならない。
条件② 暁(3;00)前に月の入となる必要がある。
条件③ 「山の端」が「間近に照り映える」方位(東南北)を月が照らすこと。
条件④ 日没から数時間後の「夜深き月が明らかにさし出」て以降、薫が和歌を詠み、「入り方の月」の頃、弁の尼と語らい、「夜深き」うちに帰京する時間的余裕があること。

これらを勘案しつつ、暦日換算で旧暦7月となる本年8月(薫の再訪を帝・大臣・公卿列席の相撲召合の後とするので、それ以前)の月日出入は以下の通り。
 となると、①②③④の4条件が該当するのは15日。正中は21時32分、月齢12.3、方位185、高度36。つまり、槇尾山対岸の山稜付近。16日も該当はするが、弁の尼との会話がかなり忙しい。

 2016年8月京都 月出・方位 月入・方位  日出 日没
14日(旧暦7月12日) 15;25(113) 1;06(247) 5;16 18;47
15日(旧暦7月13日) 16;16(113) 1;55(247) 5;17 18;46
16日(旧暦7月14日) 17;04(108) 2;49(248) 5;17 18;44
17日(旧暦7月15日) 17;50(111) 3;48(250 5;18 18;43
18日(旧暦7月16日) 18;33(104) 4;50(253) 5;19 18;42
19日(旧暦7月17日)19;14 (99) 5;54(258)5;20 18;41 
20日(旧暦7月18日) 19;54 (94) 6;59(263) 5;20 18;41

 このように見てくると、「さし出づ」は、月の出のみならず、雲間から月が照らす意は認められるものの、「入り方の月」があるので、「西に沈む」意に訳す必要はなく、むしろ、東南北方面しか「山の端」のない宇治であるから、「夜深き」時間に月が宇治の「山の端を間近に」照らしていなければならない。 
 となると、薫は、夕方に宇治着。八の宮、姫君達と月が山の端を照らす夜深き時まで語り合い、和歌を詠み、就寝もままならぬまま早暁には宇治を発ったことになります。
 また、新編全集の頭注「夜更けて、暁にはまだ遠い時刻の月。」と現代語訳「まだ明け方には遠い時刻の月が明るく顔を出して、まもなく山の端に沈む様子なので」の後半部分が、やはり唐突の意訳の感があります。
 くわえて、宇治には西に山がないことを問題とした論文が、満月以前と規定しながら、「入り方の月」を陰暦16日以降にしか見られない「有明の月」(19.20日が該当)としたのは、薫に「相撲など」の公務、天象解釈、ともに理解に苦しみます。
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