物語学の森 Blog版 大河ドラマの中の『源氏供養』
大河ドラマの中の『源氏供養』
2016-08-30 Tue 07:19
  『真田丸』27話の吉野の花見の宴の史実は、文禄3年(1594年)2月27日(新暦4月17日)、秀吉の生母、天瑞院の三回忌法要を執り行う高野山への参詣途上で催されたものとのこと。

 秀次が選んだ演目は、秀吉も好んで演じた記録の遺る『源氏供養』 三番目物。先に寧々が所望し、秀次があつらえたのが、『宇治十帖』。つまり、この物語そのものが『源氏』尽くしの巻だったわけです。『源氏供養』の物語内容から、後に自裁することになる秀次が用意した『源氏物語』が、冊子ではなく、巻物でなければならなかった理由もここにあるようです。秀次は自身の成仏を寧々に託したのでしょう。

 『源氏供養』の梗概は、以外の通り。石山寺を参詣に訪れた安居院の法印に声をかけた女がいた。自身の書いた『源氏物語』の光源氏を供養しなかったため、成仏できずにいる紫式部その人の霊であった。紫式部は光源氏の供養と、自分を弔うことを法印に頼み、巻物を託す、というあらすじ。

 当時の狂言綺語観から、紫式部は仏法の教えに背いたので地獄に堕ちたと言う、紫式部堕獄説が演劇化されたもので、「夢の浮橋」の如き、秀吉、秀次、秀頼らの運命が、この演目の主題に暗示されているようです。
 
 急遽、倒れたワキ・秀保の代役となった信繁が「紫の、紫の~」と噛むのが秀吉の怒りを買うひとつのポイントになっています。

ワキ「とは思えども徒し世の。とは思えども徒し世の。夢に移ろふ紫の。色ある花も一時の。あだにも消えし古の。光源氏の物語。聞くにつけてもその誠。頼み少なき心かな。頼み少なき心かな」

シテ「松風も。散れば形見となるものを。思ひし山の下紅葉」
地謡「名も紫の色に出でて」
シテ「見えん姿は。恥かしや」

 (キリ=最後の場面)

地謡「よくよく物を案ずるに。よくよく物を案ずるに。紫式部と申すは。 かの石山の観世音。仮にこの世に現れて。かゝる源氏の物語。これも思へば夢の世と。人に知らせん御方便。げにありがたき誓ひかな。思へば夢の浮橋も。夢の間の言葉なり。夢の間の言葉なり」。

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