物語学の森 Blog版 長野嘗一の「炎の渦巻」「燃ゆる夕空」「夕風吹けば」評
長野嘗一の「炎の渦巻」「燃ゆる夕空」「夕風吹けば」評
2016-08-09 Tue 07:06
 先日紹介した「少女の友」の浅井家遺児達の連作について、長野嘗一の「小説家・池田亀鑑」から引用しておきます。大正15年3月、東京帝国大学を卒業した前後に「炎の渦巻」は書かれていました。それにしても、ほぼ90年前の雑誌、各図書館の蔵書から一覧表を作ってまめに複写をしていだいていますが、雑誌の傷みから複写不可の場合もあり、苦戦中。

 「炎の渦巻」―――これも当年(注・大正15年)の人気小説で、少女の友数万のフアンを魅了した。好評にこたえて続篇「燃ゆる夕空」(昭和2年1月―12月)、続々篇「夕風吹けば」(昭和3年8月―昭和4年7月)と、足掛け四年にわたってようやく完結した長篇である。時代は戦国、所は伊吹山中を中心に琵琶湖周辺に及ぶ。織田信長に滅ぼされた浅井長敗の庶子輝千代が、乳母の娘八重とともに浅井家再興をはかり、信長を仇敵とつけねらい、明智光秀の本能寺襲撃と機を一つにしてこれを倒すまでの苦心が本筋となっている。これで続篇が終るのだが続々篇執筆の必要にせまられたため、信長の替りに仇敵の片割れとして秀吉をもってき、輝千代にこんどは秀吉をねらわせたのはやや無理筋で、それを作者も承知してか、八重との離合に重点をうつしそれに浅井家累代の家宝である「源氏物語絵巻」上下二巻の争奪をからませる。源氏学者らしい思いつきといわばいえるが、これも焦点がぼけた感じで、続篇物に一貫した構想を求めることの至難を痛感させる。長篇だけにストオリイはなかなかに複雑で、これに史実をうまくかみ合わせ、登場人物もまた多彩を極めるが、伊吹明神のお告げをたびたび出して主人公の危急を救わせるなどは、いかに少女物とはいえ、お粗末な構成というほかない。それにこうした仇討物も、賛否曲直は別として、鼻についてきた感がないでもない。にかかわらず、この作品が 当時の人気に投じたのは、すれ違いや伏線を随処に配し、場面の転換があざやかであるのと、ロマンチックな文章が少女の感傷にうったえたことによるのであろう。
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