物語学の森 Blog版 田中重太郎の時代
田中重太郎の時代
2016-07-23 Sat 08:27
 笠間書院メールマガジンで昨日記した田中重太郎の評伝・鈴木徳男「国文学者田中重太郎の『枕草子』研究」がPDF化されたことを知り、さっそく閲覧。『校本枕草子』は池田亀鑑の援助と吉田幸一の協力により、古典文庫から刊行されました。古典文庫は『伏見天皇本源氏物語』の刊行を期に入会しましたが、「平安文学研究」は大学院入学直後に終刊したので、入らず終いでした。
  
  昭和から平成に掛けての『枕草子』研究と言えば、田中重太郎編著『枕草子全注釈』全五巻(角川書店、 1972-1995)と萩谷先生の『枕草子解環』全五巻(同朋舎出版、1981-1983年)の成果を得ました。後者は、索引作成を除いて著者の独力ですが、前者は、註釈の礎稿は森本茂(1928-1996)の手になると明記されています。また、第3巻までで編者は逝去。以降は鈴木弘道(1918-1992)が作業を継承したものの、鈴木氏も完成を待たず1992年に逝去し、最終的に中西健治先生の手によって五巻目は、三巻本本文の註釈を加えて完結。この間、刊行開始から23年。つまり、実質、第三巻までの評釈が、田中氏ご本人の見解と言うことになります。萩谷先生は、『全注釈』において、萩谷説を「卓見だの卓説だのと持ち上げておきながら、『定説とは従い難い』の極まり文句で何の根拠もなく否定し去る態度」を厳しく批判していましたが、これもそのまま引用されています(注8)。なお、田中重太郎名の旺文社文庫『枕草子』上下(旺文社、1973-1974)は、私の先輩でもある橘与志美先生の学生時代のアルバイト原稿が礎稿になっていると、萩谷先生が、平成に入ってからの教員懇親会で橘先生ご本人から知らされたとのこと。ちなみに、橘先生は田中氏とは面識はなく、ずいぶん乱暴な編集本だったことが分かります。

  また、今年50周年となる中古文学会の創設と田中氏の主宰していた平安文学研究会についても言及があり(注10)、隣接諸分野に比べて設立の遅くれた理由に、この研究会との統合再編の問題があったことが記されてあります。また、30周年記念誌によせた松尾聡先生の「中古文学会設立のころ」(1997年3月)が引用され、要は、池田亀鑑の存在によって設立が遅れたと書いてある。この文章の刊行直前に松尾先生は逝去され、絶筆となったようですが、この文章の淵源は、松尾聡「「 校異源氏」夢物語」『天理図書館善本叢書 月報38』(八木書店、1978 年1月)でも窺える、学問的な誠実さと商業出版との折り合いの問題から袂を分かって半世紀、結果、残念な言説を生んだように思います。興味のある方はご一読下さい。

 
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