物語学の森 Blog版 安養尼・瓊子内親王覚書
安養尼・瓊子内親王覚書
2016-06-28 Tue 07:05
 池田亀鑑の小説の素材探査の一環。デビュー作の主人公・後醍醐天皇の瓊子内親王に関する覚え書き。

『日本人名大辞典』
瓊子内親王(たまこないしんのう) 1316−1339
鎌倉-南北朝時代,後醍醐天皇の皇女。正和(しょうわ)5年生まれ。母は藤原為子(いし)。隠岐(おき)配流の天皇を追って同島にわたろうとしたがはたせず,伯耆(ほうき)(鳥取県)の守護佐々木氏にあずけられる。のち遊行中の僧一鎮について尼となり,同地に安養寺をたてた。暦応(りゃくおう)2=延元4年8月1日死去。24歳。法号は安養尼。

『日本人物文献目録』
 著作
菊の薫  三島吉太郎 明治36年
瓊子内親王 時山久蔵等 大正14年
 論文
瓊子内親王 三島吉太郎 文教 1巻5号 明治43年
勅撰集の女流歌人 瓊子内親王 溝江郁子 学苑 13巻6号  昭和26年

 これにくわえて、『故事類苑』宗教部・洋巻 四巻 
『伯耆誌』「会見郡」巻三  877-878頁

和歌文献
新千載 

 巻二
  硯のふたにちりたる花を入れて桜の扇に書きて瑒子内親王につかはしける 瓊子内親王
一六五 ひとりのみ ながむる宿に ちる花を 扇の風の つてにだにみよ
 返し、山吹のあふぎにかきて 瑒子内親王
一六六 吹きまよふ 扇の風の つてにこそ いはでかひある 色もみえけれ
 巻十三
 忍逢恋といふ事を 瓊子内親王
一三九八 世にもれん 後のうき名を 歎くこそ 逢ふ夜もたえぬ 思ひなりけれ
 巻十八
 世の中うつりかはりける比御ぐしおろしぬときこえければ瑒子内親王より、これやさはうつつなるらんうき事の夢かとすれどさめやらぬ世は、と侍りける返事に 瓊子内親王
二〇六二
二〇六一 歎きわび しひて夢かと たどれども さむるよなきは うつつなりけり
 
新続古今 
 巻一
 紅梅の枝につけて瑒子内親王につかはしける 瓊子内親王
七七 さそひゆく 風のつてにも とはれねば にほふかひなき 宿の梅がえ
 返し 瑒子内親王
七八 とはでこそ みるもかひあれ うき身をも よそにへだてぬ 梅の匂ひは

新葉 
 巻十八
 元弘のはじめつかた、世中みだりがはしく侍りしに、思ひわび、さまなどかへけるよしききて、瓊子内親王もとへ申しつかはしける 中務卿尊良親王
一二八七
一二八一 いかでなほ 我もうき世を そむきなん うらやましきは 墨染の袖
 返し 瓊子内親王
一二八八
一二八二 君は猶 そむきなはてそ とにかくに 定めなき世の 定めなければ

題林愚抄 
 巻十六
 新千 瓊子内親王
六七七一 世にもれん 後のうき名を なげくこそ あふよもたえぬ 思ひなりけれ
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