物語学の森 Blog版 末摘花・近江の君の造型と発達臨床学
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このBlogは、私が物語研究の途上で出会った様々な発見や、物語をともに学ぶ人々との出逢いを綴ったものです。ごらんのみなさんにも物語文学の深遠なる森の如き世界の一端をお知りいただければ幸いです。
末摘花・近江の君の造型と発達臨床学
 自らも発達障害を公表している、精神科医にして福島学院大学大学院教授、副学長・星野仁彦氏の、市川拓司著「ぼくが発達障害だからできたこと 」の長文の解説には、首肯する事ばかりか、『源氏物語』のような古典の作家・登場人物の造型にも大きなヒントを得ることができます。長文となりますが、引用します。

 市川氏のこのような能力(注記・世界に読まれる恋愛小説を書く才能)は、西洋ルネサンス時代の美術家・彫刻家で万能人間と呼ばれたレオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロと通じます。彼らも市川氏と同様にADHDを有していたことが多くの医学論文や著書で指摘されています。また、実際の実験は絶対不可能にもかかわらず、頭の中のイメージとひらめきだけで特殊相対性理論や一般性相対性理論を組み立てたアルバート・アインシュタインも市川氏と同様、ADHD、ADを有し、脳内AE(注記・拡張現実)や自家製ホログラム(注記・脳内想像映像記憶装置)の能力を持っていました。 ADHDやADで小説を書く人は少なからずいますが、その書くもののほとんどが、ジュール・ヴェルヌのようなSF小説、エドガー・アランポーやアガサ・クリスティーのような推理小説を、ウィンストン・チャーチルのような戦記物や自伝です。また小説よりも・脚本・作家・詩人・歴史家・評論家が多数です。AD者が恋愛物語を執筆することは極、稀であろうと思われます。 ただ、アーネスト・ヘミングウェイは典型的なADHDとされていますが、『武器よさらば』『誰がために鐘は鳴る』などの「恋愛小説」の趣を加えた戦争小説を執筆していてノーベル文学賞を獲得しているのが一部の例外でしょう。
 市川氏自身、自分の作品は宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』とよく似ていると言いますが、私も全く同じ意見です。宇宙(星座)のこと、聖書の言葉、愛する者を失ったという「愛と死」というテーマ、幼少の頃の「郷愁(ノスタルジア)」を喚起させる表現、「共感覚」「サーダカウマリ能力(注記・沖縄のユタのように、生まれながらに霊能力が強いこと)」「臨死体験(死と再生)」などのイメージや象徴を多く用いる表現が星屑のように散りばめられています。私の古くからの知己で『『銀河鉄道の夜』と聖書』の著者の一人、富永國比古氏は「宮沢賢治はADHD、アスペルガー障害を有していた」と別の著書で記述しています。
 「恋愛小説を書くことは自己治療である」と市川氏は言われていますが、私も精神科医として的を得た表現だと思います。彼には彼なりの恋愛小説の作風があると思いますが、その原点には、亡き母親との幼児期からの母子共生的、母子密着的な愛情体験と、奥さんとの恋愛から結婚までの恋愛体験があるように思われます。 P254

 日本歴史上、戦国時代に「天下布武」を掲げて登場した織田信長はADHDとされています。非常に攻撃的で戦闘的な人でしたが、素晴らしいいくつもの「ひらめき」をもって封建制社会を覆した革命児でした。薩長連合や大政奉還などを実現させ、勝海舟に「あの男ひとりで幕府を倒した」と言わせたADHDだったとされる坂本龍馬も幕末には必要不可欠な人でした。またかくも発達した現代文明の基礎となった科学的な大発見をしたニュートンやアインシュタインはADであり、エジソンも細菌学者のパスツールもADHDでした。(略)
さらにモーツアルト、ベートーベンのような音楽家やピカソ、ダリのような発達障害のために日常生活で様々なハンディを背負いながらも、芸術史上著名な業績を残しています。 P260-261

 これらの障害は、かならずしも特殊なものではなく、境界も線引きも明確な規準は存在しません。つまり、私たち誰にもその要素を持ち合わせていると言うことになります。
 また、市川氏の想像(創造)した物語世界、「聖書の言葉、愛する者を失ったという「愛と死」というテーマ、幼少の頃の「郷愁(ノスタルジア)」を喚起させる表現、「共感覚」「サーダカウマリ能力」「臨死体験(死と再生)」などのイメージや象徴を多く用いる表現」は王朝の古典文学に通じる要素を持っています。聖書は仏典に置き換えられ、「愛と死」は『竹取物語』『源氏物語』に通じ、「郷愁」は光源氏の母性愛希求の物語に、「サーダカウマリ能力」は「物の気」、「臨死体験」は紫の上の二度の死を想起します。
 また、近江の君の多弁と多動、空気の読めない、一途な姫君・末摘花とその人物造型に関しても多くの示唆を得ることができます。


                            
2016-06-24 Fri 07:11
別窓 | 大学での御仕事の巻 | コメント:1 | トラックバック:0
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この記事のコメント
はじめまして
興味深い考察ですね。
個人的には源氏物語に登場する女三宮も「そうではないか?」と思います。
アクシデントに遭遇した際、パニックとフリーズに陥る。
不器用(字が下手)。
終始、ボーッとしていて(受動タイプな発達障害にありがちな空想・妄想タイムに浸っている?)無表情。
大人になっても猫じゃらしと人形遊びのみに耽り、年頃の姫らしい遊びに全く興味を持たない(特定の物事へのこだわり?)
衝動的・突発的に行動し、思ったことをハッキリと言う。その結果、自分や回りの人々がどのような困った事態に陥るのか、まるで思いもよらない。(社会性のなさ、想像力の欠如?)
等々、アスペルガー(受動?孤立?)の特性が多々に見られるので。
私見ですが、アスペルガーの特性が、周囲や主人公である源氏にとって良い方向に働いたのが末摘花で、悪い方向に働いて周囲に疎まれる事態になってしまったのが女三宮なのかな、と思います。

2016-11-18 Fri 15:59 | URL | とくめい #-[ 内容変更]
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