物語学の森 Blog版 小説家・池田亀鑑の始まり その二
小説家・池田亀鑑の始まり その二
2016-06-07 Tue 07:44
 以前、認めた「小説家・池田亀鑑の始まり」の補遺として、「年譜」と主要作品を覚え書き風に記します。

大正5年(1916)3月、鳥取師範学校卒業 (20歳)
大正5年、6年、鳥取県日野郡溝口尋常高等小学校訓導
大正7年(1918)4月、東京高等師範学校入学(22歳) 
大正8年(1919)  「少女の友」12巻(23歳)
8月 「美しく悲しい安養尼のお話」上(筆名・池田亀鑑)
9月 「美しく悲しい安養尼のお話」下(筆名・池田亀鑑)
11月 「嵯峨の月」(筆名・池田芙蓉)
12月 「光照前物語」(筆名・池田芙蓉)
大正11(1922)年3月、同校卒業(26歳)
大正11年、女子学習院助教授
大正12年(1923)4月、東京帝国大学国文学科入学(27歳)
大正14年(1925)
「日本少年」20巻1月号~12月号、21巻1月号「馬賊の唄」前篇連載。(筆名・池田芙蓉)
大正15年(1926)(昭和元年)3月卒業(30歳)
同年4月、芳賀矢一博士記念会「源氏物語古注集成」編者依嘱
同年6月、東京帝国大学文学部国文学研究室副手
同年7月、前田侯爵家育徳財団・尊経閣叢刊解説委員
昭和2年(1927)4月、旧制第一高等学校講師嘱託
  この年、実業之日本社入社。
昭和4年(1929)~昭和5年(1930)
「日本少年」24巻2月号~12月号、25巻1月号~12月号「馬賊の唄」後篇連載。(筆名・池田芙蓉)(「日本少年」昭和4年2月号に青山桜州・名誉主筆とあり)。
昭和5歳(1930)、「源氏物語古注釈集成」完成遅延による恩師・藤村作の勧告により、実業之日本社退社。以後も小説執筆は継続。
昭和6年(1931)、岩波講座『日本文学』編集委員
昭和7年(1932)、紫式部学会創立、新潮社『日本文学大辞典』編纂
昭和8年(1933)
  義兄・岩下小葉(本名・天年)4月24日没・49歳
「日本少年」28巻「首のない若君」(1月~11月)(筆名・青山桜州) 以後、作品発表停止。

昭和9年(1934)3月、東京帝国大学文学部助教授

参考文献
・萩谷朴「歌合巻発見と池田亀鑑先生・その一」「水茎」16号 古筆学研究所 1994年3月
・長野甞一 「小説家・池田亀鑑(その一、二、三)」『学苑』昭和女子大学光葉会、218.219.221号、1958年5月、1958年6月、1958年8月
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