物語学の森 Blog版 池田亀鑑の近代文学演習
池田亀鑑の近代文学演習
2016-05-15 Sun 00:57
 伊豆利彦先生に、以下のようなたいへん興味深い文章があります。伊豆先生は、昭和22年に東大に入ったと冒頭に記されています。昨日記した池田亀鑑の講義録で伊豆先生在籍時から没年までを確認してみると、以下の如し。伊豆先生は1926年11月10日生、東大は1950年ご卒業なので、新設された近代文学の演習は、昭和24.25年の下線部の演習ということになるようです。実作者としては、近代文学は、むしろ専門中の専門のひとつではあるものの、池田亀鑑が小説家だったことは、お通夜の席で関係者にのみ公表されたと言うことなので、伊豆先生の認識のように、対外的には「専門外」ということなのでしょう。
 また、文中にあるように、吉田精一(1908-1984)が講義を持っていたとありますが、その後、三好行雄(1926-1990)が昭和37年(1962)専任助教授として着任し、ようやく近代文学が、真に学問として認知を得たと言えるのでしょう。なお、吉田精一も昭和42~44年(1967-69)の三年間は、教育大兼任の東大文学部教授として在籍したとあります。国文学科の学生が近代文学の演習開設の要望をしたことは、益田勝実(1923-1995)にも回想がありました(「あの頃のこと 」「日本文学」39巻9号、日本文学協会、1990年9月-なぜかCiniiにナシ)。記すまでもなく、益田勝実の指導教授は池田亀鑑。ただし、池田亀鑑の演習のことは記されず、伊豆先生の記憶とは経緯も若干異なるところがあります。
 
 池田亀鑑・講義題目
○昭和22年 枕草子論 国文学演習
○昭和23年 短編小説の研究 国文学演習
○昭和24年 国文学概説(方法と技術) 作家論(国文学演習) 日記文学(演習と講演/※講読か)
○昭和25年 源氏物語研究(構想論) 国文学講読と演習 文学史の諸問題(演習)
○昭和26年 源氏物語研究(構想論) 国文学演習(中古文学) 国文学演習(文学史の構想)
○昭和27年 国文学概説 源氏物語研究 国文学演習
○昭和28年 源氏物語研究 国文学史演習 ○枕草子研究
○昭和29年 宇治十帖の研究 国文学演習 ○平安朝色彩美の研究
○昭和30年 国文学概説 国文学演習 ○物語文学研究
○昭和31年 源氏物語研究 国文学演習(文学史) ○国文学演習
 ※○は大学院

池田亀鑑先生を偲ぶ 伊豆利彦 (悼む・池田亀鑑氏、日本文学二ュース)「日本文学」 6巻2号、日本文学協会1957年2月1日、p161-162 

 そうした中に池田先生の印象はなまなましい鮮かさで残っている。どうしたはずみにかはいっていった教室で、先生は枕草紙の講義をして居られた。先生は清少納言の恋人として実方と行成の話をして居られた。この二人の対立を芸術家における二つのあり方、人生における二つの対立であるとして、一応どちらも認めるようなふうにいわれながらも、自分なまの感情、好悪を殆んどむきだしにして、不遇の中に北辺にさすらい死んだ実方を、単純奔放愛すべきして芸術家として讃美し、栄達一路を辿った行成を、悪い意味の貴族性政治性と策謀の持主であり、名誉と権勢の間を泳ぎまわる処世術に老巧な人物であるとして、悲噴梗概しておられた。
 平安文学には殆んど興味を感じていなかった当時の私ではあったが、先生のこの講義には深い感銘を受けた。先生の講義は死んだ講義ではなかった。御自分の平安文学に対する、又、その時代に生きた人々に対する、深い愛情がこめられていた。
 先生はいつもにこにこと笑を堪えて講義をされた。先生は年よりもずっと若く見えた。先生は顔をまっかにし、あるときは蒼白にして講義をされた。先生は純真であり、青年の心をその老年にいたるまで失われなかった。一途な、文学と学問に対するロマンチックな情熱は、専攻する時代を異にし、先生からいえぱ異端の道を歩んだ私などの心にも深い共感をよびおこさないではいなかった。
 このような先生だったからこそその後特別設けられた近代文学の演習で、青くさい私たちの未熟で奔放な議論をも、にこにこしながら黙って聞いて下さったのだと思う。今はどうなっているかは知らないが、東大ではそれまで近代文学の講義はなく、学生たちの要求によってやっと吉田精一先生の講義が一つだけ開講されるという状態であった。更に学生たちが要求して、近代文学の演習が設けられたが、それを担当して下さったのが池田先生である。ちがった専門分野の演習を担当するのは、先生としてはあまり気が進まれなかったとおもうけれど、その後、この演習の存廃が問題になったときには、あえて存続のために尽力して下さった。今もこの演習は続いており、かなりの成果をあげているようであるが、それを可能にしたのは、世界観や学問方法のちがい、そして又学生の強引で観念的な議論にもかかわらず、すべてを大きく包容し、学生を信頼して、その成長を見守って下さった先生のおかげであるとおもう。私たちは学生の中から議長を選び、報告者を選び、全く自主的に演習を運営し、猛烈に議論しあったのだが先生はいつもニコニコ笑って聞いておられたのである。
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