物語学の森 Blog版 藤原定家と『源氏物語』逸文二題
藤原定家と『源氏物語』逸文二題
2016-04-12 Tue 07:57
※大橋家蔵藤原定家自筆本『奥入』奥書
 此愚本、求数多舊手跡之本、抽彼是用捨、短慮所及、雖有琢磨之志未及九牛之一毛、井蛙之浅才、寧及哉。只可招嘲弄、纔雖有勘加事。又是不足言未及尋得、以前依不慮事悪徒、此本披露於華夷遐迩 門々戸々書写預誹謗云々。雖後悔無詮懲前事、毎巻奥所注付、僻案切出為別紙之間、哥等多切失了。旁難堪恥辱 之外無他、向後可停止他見。
                               非人桑門明静
 
○公刊、刊行されている釈文にはそれぞれ異同があり、注意。

 ※『元仁二年春記一九紙背』 
 源氏事、一日蒙仰之後」京にても内々尋廻候へ」とも(×ん)、か(貸)さしとて候やらん」皆不持候之由返答、立あひて候、今四五日候て」八幡へ可下向候へは」其にて可尋掛候は」つお八な、かた/\こゝろにかねて□□か候へ、毎事期」参入之□候、恐々謹言」
    十二月九日                     俊□
※定家の所望により、俊□なる人物が『源氏物語』を探索したが、誰も「持たざる候の由の返答」であったので、石清水八幡宮でも尋ねてもみるし、気に掛けておく旨の書簡。

 ○遠藤珠紀「嘉禄年中の藤原定家ー『明月記』嘉禄二年紙背文書を通して」『明月記研究』十号、明月記研究会、2005年参照。

 土曜日報告の心覚えです。

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