物語学の森 Blog版 伊沢修二を学ぶ。
伊沢修二を学ぶ。
2016-03-02 Wed 10:16
  来週、教育系の話をするので、日本の近代教育のパイオニア・伊沢修二を学び直す。以前、伊那市に合併前の高遠町に月1回通っていた時期がありました。早めに出掛けて、高遠城跡、高遠町歴史博物館、そして高遠蕎麦に温泉と、仕事なのかレジャーなのか分からなくなるような楽しい日々でした。
 当時、歴史博物館に行くと保科正之を大河ドラマにしようという幟が立ち並び、江戸大奥・江島生島、近代コーナーでは青山女子手芸学校(1895-?)に通っていた方の遺族が提供した写真もありました。そこに伊沢修二のコーナーもあり、伊那駅からも小一時間かかるこの地に著名人を輩出していることに感銘を覚えたものでした。例えば、万葉研究の伊藤博も御地の出身、『浜松中納言物語』研究の宮下清計も藩校・進徳館に学び、この地で営々と研鑽を積んで大日本雄弁会講談社・新註国文叢書を著した校長先生。

配付資料の伊沢修二紹介は以下の通り。
-----------------
日本初の教育学者 伊沢修二(1851-1917) 
高遠藩(伊那市高遠)の下級武士の家に生まれる。大学南校(東大の前身)に学び、文部省出仕ののちアメリカに留学。東京師範学校(現・筑波大学)校長。貴族院議員。専門は近代日本の音楽教育、吃音矯正の第一人者。号は楽石。著書に『教育学』、『小学唱歌』、『学校管理法』ほか。「蛍の光(原曲Auld Lang Syne*スコットランド民謡)」「君が代」「仰げば尊し」は『小学唱歌』に収められた曲。

-----------------
  音楽家としての伊沢修二
別窓 | 全国ツアーの巻 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
<<平林寺 たけ山 鯛めし | 物語学の森 Blog版 | 野火止・火(樋)の橋のこと>>
 
 
 
 
 
 
  管理者だけに閲覧
 

トラックバックURL

FC2ブログユーザー専用トラックバックURLはこちら
| 物語学の森 Blog版 |