物語学の森 Blog版 「相夫恋」と『徒然草』覚書
「相夫恋」と『徒然草』覚書
2016-02-24 Wed 08:22

 想夫恋といふ楽は、女、男を恋ふる故の名にはあらず、本は相府蓮、文字の通へるなり。晋の王倹、大臣として、家に蓮を植ゑて愛せし時の楽なり。これより、大臣を蓮府といふ。
 廻忽も廻鶻なり。廻鶻国とて、夷のこはき国あり。その夷、漢に伏して後に、来りて、己れが国の楽を奏せしなり。『徒然草』214段


 謡曲「小督」でもよく知られる話柄ですが、藤原仲国が高倉天皇の命令で嵯峨野に隠れた小督を探しているところに、 微かに琴の音が聞こえてくる。これが「想夫恋」。兼好は『 平家物語』の中でもとりわけ著名な場面を意識して異説を唱えたとされていて、兼好の学殖が遺憾なく発揮されたくだりではあります。ただし、楽曲の享受史としては記憶に留めたいところながら、物語史的には、恋愛の曲として我が国では受容されていたものとすべきでしょう。
 いっぽう、『枕草子』注釈書では、『徒然草』から「相府蓮」とする新潮古典集成があるので注意を要します。

 峯の嵐か松風か、尋ぬる人の琴の音か、覚束なくは思へども、駒を早めて行く程に、片折戸したる内に、 琴をぞ弾きすまされたる。控えてこれを聞きければ、少しも紛うべうもなく、小督殿の爪音なり。楽は何ぞと聞きければ、夫を想うて恋ふと読む、<想夫恋>という楽なりけり。 『平家物語』巻六

 くわえて、「相夫恋」は『源氏物語』にも四箇所登場しており、やはり「夫を恋い慕う」ことがモチーフ。とりわけ、「横笛」巻は、この曲が重要な意味を持ち、小督説話の通低音になっていると言えるでしょう。

大島本『常夏』
① 「いで、弾きたまへ。才は人になむ恥ぢぬ。「想夫恋」ばかりこそ、心のうちに思ひて、紛らはす人もありけめ、おもなくて、かれこれに合はせつるなむよき」

大島本『横笛』
② 月さし出でて曇りなき空に、羽うち交はす雁がねも、列を離れぬ、うらやましく聞きたまふらむかし。風肌寒く、ものあはれなるに誘はれて、箏の琴をいとほのかに掻き鳴らしたまへるも、奥深き声なるに、いとど心とまり果てて、なかなかに思ほゆれば、琵琶を取り寄せて、いとなつかしき音に、「想夫恋」を弾きたまふ。
 
③ 対へ渡りたまひぬれば、のどやかに御物語など聞こえておはするほどに、日暮れかかりぬ。昨夜、かの一条の宮に参うでたりしに、おはせしありさまなど聞こえ出でたまへるを、ほほ笑みて聞きおはす。あはれなる昔のこと、かかりたる節々は、あへしらひなどしたまふに、
 「かの想夫恋の心ばへは、げに、いにしへの例にも引き出でつべかりけるをりながら、女は、なほ、人の心移るばかりのゆゑよしをも、おぼろけにては漏らすまじうこそありけれと、思ひ知らるることどもこそ多かれ。

④ 「何の乱れかはべらむ。なほ、常ならぬ世のあはれをかけそめはべりにしあたりに、心短くはべらむこそ、なかなか世の常の嫌疑あり顔にはべらめとてこそ。
 想夫恋は、心とさし過ぎてこと出でたまはむや、憎きことにはべらまし、もののついでにほのかなりしは、をりからのよしづきて、をかしうなむはべりし。

三巻本『枕草子』206段(角川文庫)

弾くものは琵琶。調べは風香調。黄鐘調。蘇合の急。鶯の囀りといふ調べ。
筝の琴、いとめでたし。調べは想夫恋。 -集成203段「相府蓮」


 源氏物語音楽用語事典
 池田芙蓉の初期短編「嵯峨の月」も小督説話を小説化したもの


                
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