物語学の森 Blog版 『信濃こども文集』と「信州白樺教育」
『信濃こども文集』と「信州白樺教育」
2016-02-15 Mon 07:36
 昨日アップした自身の作文、文節毎に1マスあけたり、読点があったり、やや違和感があったので、一通り目を通すと、これは個人的な書き癖ではなく、意図的にあけている作文と、現行のマス目の使い方を踏襲している作文とがありました。ことばの仕組み、文の構造を考えさせる指導法のようですが、当時の作文指導の文献を勉強してみたいと思います。ただし、同世代の作文を並べてみると、見劣り甚だしく、初の試みとしての地域ブロック枠での採用だったようで、前後の人の文章力、表現技法、語彙力とはあきらかに差がついていました。すでに50代前半、同世代の知人はいないかと探してみましたが、ピントくる名前は見つかりませんでした。

信濃こども文集 第一集 信濃国語教育学会、1970年 2004年、34集まで刊行確認できました。

 当時は、信州白樺教育の影響下、今ではびっくりの実験的な試みがあり、低学年時代は、算数は学校でやって、宿題は自発的に探せ、と言うことで、ボクはスケッチばかりしていました。弟の代は さらに徹底したかたちのノーカバン運動と来て、家では家の手伝いと野山で遊べ、と言う教育方針でテレビ局の取材まで入ったけれども、結局、父は、後年、「結果的に失敗だった」と怒っていました。確かに、余所の小学校は普通の指導をしていたので、中学校では落ちこぼれ観がありました。小学校の同級生で大学に進学したのは五人程度。進学が総てではないが、いまだにあれこれ余波があるように思います。先日頂いた『80周年記念誌中佐都小学校 の歩み』(1970年)は自由宿題導入直前だったので、「100周年記念誌」で経緯を調べてみることとします。

 今から25年ほど前、県の学校教育の方針が進学指導面で他県に立ち後れているとして(大学進学率全国ワースト2位)、問題提起があり、全人教育か、進学教育かで大論争となったことがありました。調べてみたら、 2014年時点でも同じような見解の方が居たので、いまだに問題の決着がついていない模様(苦笑)。

 それもあってか、3月は、集中的に上田周辺で進学教育のサポート活動の予定。


別窓 | 生涯稽古の巻 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
<<今週は抜き。ただし、琴の稽古を少々。 | 物語学の森 Blog版 | みさきかいがん 1970年>>
 
 
 
 
 
 
  管理者だけに閲覧
 

トラックバックURL

FC2ブログユーザー専用トラックバックURLはこちら
| 物語学の森 Blog版 |