物語学の森 Blog版 武蔵・河越館
武蔵・河越館
2016-01-23 Sat 06:55

  

 『伊勢物語』『とはずがたり』に見える「みよし野」小探訪を敢行。「川越市大字吉田」を目指してゆくと、東洋大学霞ヶ関キャンパスが最も大きな建物と言うことになるようです。海運の要・入間川に沿って「河越館」(現地名・川越市上戸(うわと))、東山道武蔵路の入間駅跡(八幡前・若宮遺跡から「駅長」土器出土)、霞ヶ関古墳などの遺跡が点在します。
 写真の河越館は、河越氏の菩提を弔う常楽寺をはさんで、広大な公園となっています。この寺には、京姫・重頼・義経供養塔もある由。『とはずがたり』によると「この川の向へをば、昔は三芳野の里と申しけるが、賤が刈り乾す稲と申すものに、実の入らぬところにて侍りけるを、時の国司、里の名を尋ねききて、「ことわりなりけり」とて、吉田の里と名を改められて後、稲うるはしく実も入り侍る」とあります。「向へ」の位置関係が難しい。語義的には、「向い」だから、入間川南岸方面の水田地帯を言うように思われますが、現在の吉田地名も、遺構もすべて入間川北岸で「並び」。船着き場は南岸ですから、ここが起点か。なお、『とはずがたり』に見えるもうひとつの「入間川」の「向へ」の「岩淵(東京都北区岩淵)」も南岸方面でした。なお調べてみます。

むかえ[むかへ] 【向・対】
【一】〔名〕(「むかい(向)」の変化した語か)「むかい(向)」に同じ。
*うたたね〔1240頃〕「むかへの山を見れば、雲のいくへともなく折り重なりて」
*平家物語〔13C前〕九・宇治川先陣「水の底をくぐって、むかへの岸へぞつきにける」
*とはずがたり〔14C前〕四「前には、いるま川とかや流れたる、むかへには、いはふちのしゅくといひて、遊女どものすみかあり」
*浪花聞書〔1819頃〕「むかへ、江戸でいふむかふ也」  『日本国語大辞典第二版』

『とはずがたり』の「みよし野」
上戸新町の歴史
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