物語学の森 Blog版 死語化する「思う」に思う。
死語化する「思う」に思う。
2016-01-12 Tue 08:21
 再校に書評に査読結果を送り、溜まった学生のレポートを添削。ここ5.6年か「思う」を「感じた」と書くのが「慣用化」しつつある。このことはすでに文章にしたように「思い」ます。「若者ことば」というのがどのように醸成されるのか、そのメカニズムは?メディアの発信源が分かれば解消可能のように「思い」ますが、いかかでしょう。このまま「思う」が死語化してゆくのか、見極めたいと思います。
 世界史選択だから『唐物の文化史』、漢文はみっちりやったが受験テクニックだけに終わらせたくないから、『漢文脈の近代』、いちばんリーズナブルな値段だったから『三島由紀夫とはなにものだったか』と言う選択理由も勉強になります。

 なかに、石原千秋『「こころ」で読みなおす漱石文学-大人になれなかった先生』を取り上げて、静が私(青年)と結婚して子をなしていると言う説に疑問符を付ける学生が複数いました。想像力が画一化しているような気もするがこれもいかがなものか。

 「ふん、ふ~ん、あ~」と唸りながら今週、自宅にいる間は添削で終わる。昨日ジムに行ったら、血圧が相変わらず高く、マシンで筋トレした後、再度計測したらかなり下がっていた。これも添削ストレスだったか。
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