物語学の森 Blog版 秀頼討伐につき佐久郡郷士督促状
秀頼討伐につき佐久郡郷士督促状
2016-01-09 Sat 07:45



 年末締め切りの書評でしたが、年末年始休業ゆえ、確認の上、仕事始めの朝に入稿。少し余裕が出来たので、「信濃国佐久郡軽井沢本陣佐藤家文書」を調査に出掛けました。

85 古文書書写 永禄5(1562)~明暦3(1657)
86 軽井沢並境 (謀叛等取り締まり)永禄6年(1563)9月20日
87 定 (伝馬奉公を勤めるにつき他国普請を免ず) 天正4年(1576)2月28日)
88 忠節を謝し夜番普請等を督励する書状 (天正4年(1576))6月7日
89 同心十一騎厩橋在城申付状 (天正11年(1583))2月28日
90 定 (軍役として壱騎鑓弐丁を規定)天正11年(1583)3月2日
91 碓氷峠還往一未同心につき感状 未36986 (天正11年(1583))
92 発地組合150貫文知行宛行状 慶長15年(1610)2月4日
93 豊臣秀頼討伐につき佐久郡郷士督促状 慶長19(1614)月3月 

 数次、編まれている『軽井沢町誌』のうち、手許にある昭和29年(1954)の口絵にも数点紹介されていますが、93番史料を少しばかり紹介。大坂冬の陣の後、徳川家康によって全国に発令された「豊臣秀頼討伐令」、佐久郡に発令された文書では「追手大将 真田伊豆守信幸/侍大将 芦田源重郎康国」とあり、郷士のいた村の古地名は以下の通り。

「岩村田/中込/平原/桑山/塚原/根々井/長土呂/平井/小田井/御影新田/軽井沢/沓掛/追分/前山①/瀬戸/与良/望月/桜井/前山②/内山/平尾/横根/岸野/志賀/岩尾/川上/相木/高野町/田野口/清川/蓬田/茂田井/下塚原/湯原/小田切」

 「三十五村」とあるが、地名は34。父は「常田」の出身、小諸市に隣接するこの地は、明治以前は「市村新田」と呼ばれたようですが、この時代に有力者はいなかったようで見当たりません。現住所の「塚原」には池田氏、「軽井沢」は佐藤氏、「瀬戸」に上原氏が見えています。上原一族が「常田」に移住した時期を含め、なお、時間を見つけて探求します。
 
 追記 地名に関し「前山」のダブりをご指摘いただきました。 郷士も記します。
  前山① 伴野刑部少輔貞照
  前山② 茂木家九郎行近
      市川平馬一吉
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