物語学の森 Blog版 『枕草子』の「いもうと」の孤立性
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『枕草子』の「いもうと」の孤立性
2016-01-08 Fri 08:49
 光源氏・紫の君との関係性は、「妹背」「妹」と規定されている。

 「朝ぼらけ霧立つ空のまよひにも
  行き過ぎがたき妹が門かな」
 と、二返りばかり歌ひたるに、よしある下仕ひを出だして、「若紫(大島本)」

※「婦が門 夫が門 行き過ぎかねてや 我が行かば 肱笠の 肱笠の 雨もや降らなむ 郭公 雨やどり 笠やどり 舎りてまからむ 郭公(催馬楽 婦が門)」


「平中がやうに色どり添へたまふな。赤からむはあへなむ」
 と、戯れたまふさま、いとをかしき妹背と見えたまへり
 日のいとうららかなるに、いつしかと霞みわたれる梢どもの、心もとなきなかにも、梅はけしきばみ、ほほ笑みわたれる、とりわきて見ゆ。階隠のもとの紅梅、いととく咲く花にて、色づきにけり。 「若紫(大島本)」

 これを、紫の君の「幼さ」「未熟さ」ゆえ、文字通り光源氏との「兄妹」の意と解釈すれば、「性的関係性」の無いことが前提の寓喩と読むことも出来ます。
 「妹背」「妹」は、『日本国語大辞典第二版』の4つのブランチが提示されています。

(1)男性の側から、姉妹を呼ぶ語。古くは年齢の上下に関らず姉をも呼んだが、のち、年下の女きょうだいだけに限られるようになった。いも。いもと。兄人(しょうと)。
*伊勢物語〔10C前〕四九「昔、男、いもうとのいとをかしげなりけるを見をりて」
*源氏物語〔1001〜14頃〕夢浮橋「あこが亡(う)せにしいもうとの顔はおぼゆや」
*大鏡〔12C前〕三・伊尹「花山院御いもうとの女一宮は、うせ給にき」

(2)(兄妹になぞらえて)男の側から、親しい女性をさしていう。いも。
*枕草子〔10C終〕八二・頭中将の、すずろなるそら言を「このいもうと、せうとといふことは、上(うへ)までみな知ろしめし、殿上にも、司(つかさ)の名をば言はで、せうととぞつけられたる」
(3)女のきょうだいのうち、年下のほう。
(4)妻や夫の妹、弟の妻など。義妹。
語誌
(1)平安時代に成立した語。「せうと(しょうと)」と対をなして用いられた。妻や恋人は指さないが、異腹の姉妹(→「いもうとむつび」)を指すところが上代の「いも」と異なる。
(2)平安時代には男性側が使う言葉であり、女性が自分の年下の女きょうだいを指して用いた例は見あたらない。(3)の「十巻本和名抄」の例は、漢字の原義に即した記述とみられる。
(3)年下の意味領域で「おとうと」と男女別の対をなすようになるのは中世以後である。→いも・せうと。
(4)一般的に、「妹」「弟」のような年下を表わす方の語は年上からの呼びかけとしては使わない。名前、あるいはあだ名のようなもので呼ぶのが普通である。逆に、兄弟姉妹の年下は年上に対して、名前そのもので呼びかけはせず、「兄さん」「姉さん」あるいはそれに準じた呼び方、またはあだ名のようなもので呼ぶことが多い。

 ところが、三巻本(定家本)『枕草子』「里のまかでたるに」の段を参照すると、いずれのブランチにも当てはまらないことになります。

 「左衛門の尉の」
とて、文を持て来たり。皆寝たるに、火取り寄せて見れば、
「明日、御読経の結願にて、宰相の中将、御物忌に籠りたまへり。『いもうとのあり所申せ申せ』とせめらるるにずちなし。さらにえ隠し申すまじ。さなむとや聞かせたてまつるべき。いかに。おほせに従はむ」
 …
 くずれよるいもせの山の中なれば さらに吉野の河とだに見じ


 言うまでもなく、左衛門尉・橘則光は清少納言と婚姻関係にあったとされ、互いを「妹背」と呼び、周囲の人々は清少納言を則光の「いもうと」と呼んでいたことが明記されているからです。
 しかも、このふたりはほぼ同年齢であると推定され、史実年時の長徳二、三年(996、7)となれば両者は三十路の大人であって、「若紫」巻、「末摘花」巻の紫の君のような「幼さ」「未成熟」さの微塵も感じられない記述となっていて、孤立性の高い特殊例ということになります。

 例えば、(1)の用例としてあげられる『伊勢物語』49段の「いもうと」の解釈は「人のむすばむこと」「うらなくものを思」うとあるから、兄妹の「性」に禁忌のあることが明らかで、これは字義どおり(1)の例としてよいようです。

  むかし、男、妹のいとをかしげなりけるを見をりて、
   うら若み ねよげに見ゆる 若草を 人のむすばむ ことをしぞ思ふ
 と聞えけり。返し、
   初草の などめづらしき 言の葉ぞ うらなくものを 思ひけるかな

 
 つまり、平安時代成立のテクスト(ただし、ほぼ定家本)毎に「妹」の語義は、『枕草子』の例を挙げつつ、「性関係」を規準に再定義し直さなければならない、と言うことになります。
 
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