物語学の森 Blog版  信濃国軽井沢宿 本陣・問屋 佐藤家文書 前史探究 其五
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このBlogは、私が物語研究の途上で出会った様々な発見や、物語をともに学ぶ人々との出逢いを綴ったものです。ごらんのみなさんにも物語文学の深遠なる森の如き世界の一端をお知りいただければ幸いです。
 信濃国軽井沢宿 本陣・問屋 佐藤家文書 前史探究 其五
「史料所在調査報告」 信濃国軽井沢宿 本陣・問屋 佐藤家文書 史料館報 52号

 戦国期文書の中で一番古いものは天文五年(1536)の村上義清の「軍役」動員に関するものであり、永禄五年(1562)の武田信玄、天正二年(1576)の武田勝頼発給文書、同十一年(1583)の北条氏印判状等がある。慶長十五年(1610)には佐藤織部が仙石秀久から一五〇貫を、明暦三年(1657)には佐藤平八郎が青山因幡から一〇〇石の知行を与えられ、その「知行宛行状」が存在している。

 村上義清と言えば、「池田芙蓉『諸国物語 笄の渡』」「善光寺、そして坂城」として取り上げたことがあります。池田芙蓉の「笄の渡」は、側室「於フ子(おふね)」の天文二二年(1553)の葛尾城・落城から生まれた物語。佐藤家は、当時、村上家の家臣であり、時代の変遷そのままに、武田、真田、北条と主家を替えていったことが分かります。

 芳寿氏が『先祖を思う 軽井沢宿本陣佐藤家の歴史』(1979年)の中で、佐藤家の祖とした佐藤豊後守は、別の史料には、本能寺の変(天正壬午の乱(天正十年(1582))後の旧武田領を巡る争奪戦 の際、北条氏に臣従した「昌幸の上州攻略の陣立てで旗本を務めた」ことが知られます。

2016-01-07 Thu 07:38
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この記事のコメント
通りすがりで失礼します。『先祖を思う 軽井沢宿本陣佐藤家の歴史』は、私も一冊持っていますが、少部数を一族に頒布した懐かしい本と聞いています。ただ、この書物にでてくる佐藤豊後守と、吾妻郡の佐藤豊後守(折田軍兵衛)は、おそらく同姓同名の別人だと思います。(しかし、軽井沢には同一人物と解釈した資料もあったと思います)佐藤 喜久一郎
2016-03-02 Wed 17:06 | URL | 佐藤喜久一郎 #-[ 内容変更]
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