物語学の森 Blog版 土屋作右衛門口伝-前史探求 其三
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このBlogは、私が物語研究の途上で出会った様々な発見や、物語をともに学ぶ人々との出逢いを綴ったものです。ごらんのみなさんにも物語文学の深遠なる森の如き世界の一端をお知りいただければ幸いです。
土屋作右衛門口伝-前史探求 其三
佐藤某が盗人を撃退

名前は不明だが発地の佐藤某は(土屋)作右衛門家で酒造りをする上原菊次郎に仕えていたが、なかなか優秀な手代であったという。作右衛門から古い刀をもらい受け、いつか役に立つことがあるといって常に研ぎ、手入れをしていたという。剣術は主人で岩村田藩のもとお小姓菊次郎から習っていた。ある時盗人が押し入り、見回りの佐藤某と出くわした。佐藤某はいつも手入れしていた刀で「この時」とばかり盗人と渡りあい、これを撃退した。作右衛門も菊次郎もこの佐藤某の勇気に大いに感心したという。この佐藤某は菊次郎が酒造りを廃業して常田に帰るとき、菊次郎に請われて常田に同行した。子孫は上原姓になり、精米業などを営み、受け継いだ優秀な素質により成功しているという。また、佐藤姓のまま発地に戻った系は今新道の「スーパーやおとく」の佐藤家となり、雅義氏(現軽井沢町長・執筆当時)を養子に迎えて繁盛している。

土屋ときの石棺 
 (土屋)恭邦の妹「さく」は岩村田藩の小姓上原菊次郎に嫁すが、いずれ侍の世は終わるといい、辞して夫婦で作右衛門家東(田中隆衛屋敷)にて酒造りを業とした。これは前田原から権利を買い取ったもので、後に凶作があり、凶作の時に米を使って酒造りを続けることはしのびないと廃業して佐久市根々井の佐藤家に酒造り道具一式を譲り、常田に帰って作右衛門家と同じ黄壁の家をつくった。この家は今の代なってから白壁の普通の家に建て替えられたという。この菊次郎の子供は万平ホテルの佐藤家に嫁ぎ、佐藤邦明氏につながっている。                      「行田氏文書」

佐藤某の話の注記
常田に戻った菊次郎・さくの娘は軽井沢の万平ホテルの三男に嫁ぎ、子供の邦明氏は早稲田大学を出て転出、祖父母の経営した酒造業の銘柄等を調査のため、作右衛門家を訪れたことがある。 「行田氏文書」

☆佐藤某は曾祖父・作十郎のこと。
☆「別伝」に見えるさくの娘が嫁いだのは初代万平の妻・はつの誤りであろう。

2016-01-04 Mon 08:10
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