物語学の森 Blog版 金銀平文琴銘
金銀平文琴銘
2015-12-09 Wed 06:19
  金銀平文琴には裏面に「銘」があります。これは

『藝文類聚』(欧陽詢編、672年)第四十四 樂部四「琴銘」

 から後漢の李尤((55〜135)、広漢市羅(今日の四川省)の漢学者の作と知られます。

後漢李尤琴銘曰.琴之在音.盪滌邪心.雖有正性.其感亦深.存雅卻鄭.浮侈是禁.條暢和正.樂而不淫.

(背銀平文銘)
琴之在音盪滌耶心   琴の音在るや 耶(よこしま)な心を盪滌す
雖有正性其感亦深   正性有りと雖も 其の感亦た深し
存雅却鄭浮侈是禁   雅を存し鄭を却して 浮侈是を禁ず
條暢和正樂而不淫    條暢和正の樂 而して淫せず

  琴の音は邪心を清浄し、正しい性質であって感銘もまた深いものである。
 優雅にして猥雑を棄却し、軽薄な奢りを禁ずる。のびやかなる楽音から、心乱れることはない。

(腹内龍池 右)
「清琴乍兮□日月」

(同上 左)
「幽人間兮□□□」

(腹内鳳池 右)
「乙亥之年」
 唐の玄宗皇帝時代の開元23年(735)として、唐代爛熟期の遺品とする説が広く知られている。ちなみに、法隆寺開元琴は胴内に墨書で「開元十二年(724)歳在甲子五月五日於九隴懸造」とある。
 異説もあり、早くは北魏代435年説、495年もある。これは、ファン・フーリック(高羅佩1910-1967)『琴道』(1939年)の説で、この琴の図様を、書聖・王羲之の『蘭亭集序』で著名な蘭亭の詩会を模したものであるとする。この詩会は晋の穆帝の永和九年(353)春三月三日、会稽山陰の蘭亭に、風流韻士四十一人が会して、鶩が游ぶ曲りくねった小川に觴を浮かべ、韻士が各所に列座して觴が流れつくまでに詩作し、負けると罰杯を受けると言う風流な催しであった。
 
(同上 左)
「季春造乍」
               (『正倉院宝物銘文集成』1-5)
  
別窓 | 右書左琴の巻 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
<< 『虞美人草』作中漢詩の「垂楊」は琴曲「折楊曲」のこと。 | 物語学の森 Blog版 | 『正倉院御物模造特別展』図録>>
 
 
 
 
 
 
  管理者だけに閲覧
 

トラックバックURL

FC2ブログユーザー専用トラックバックURLはこちら
| 物語学の森 Blog版 |