物語学の森 Blog版 『御堂関白記』の絃楽器表記 草稿
『御堂関白記』の絃楽器表記 草稿
2015-11-28 Sat 10:00
△寛弘六年(1009)七月七日条「有作文、題『織女理容色』、為時作序、夜半許、従斉院((選子内親王))、中宮((彰子))琵琶・琴等被奉、是其形也。入腹中扇等。「使者仁久るを捕留給禄」云々。」
寛弘七年(1010)正月十一日条、「辛酉、除目事。従華山院御匣殿((平祐之女カ))許、得横笛〈歯(葉)二〉只今第一笛也、左宰相中将((源経房))志和琴、是故小野宮殿((藤原実頼))第一物<鈴鹿>、頼親((藤原))朝臣献箏、螺鈿。」 
◎長和元年(1012)十一月二三日条「辰日節会。次献物、同物名、稍後誼、加之八手給へ、三献後、御酒勅使、次献御挿頭・琴、行事上卿大夫等舁之、各四人。」
△長和二年(1013)正月九日条「参皇太后宮((彰子))、人々被参、有酒饌事、其次御琴等改絃、試笛等声」
◎長和二年四月十三日条「貫之書『古今』、文正書『後撰』進、入紫檀地螺鈿筥、裏末濃 象眼、付藤枝、作琴一張・和琴一張、入錦袋」                               『大日本古記録』(岩波書店、1953年)  
         
           
 
 長和二年正月九日、枇杷第に皇太后宮(彰子)が参啓した饗宴の席で琴の絃を張り替え、笛などで調絃して弾奏した事実が見えるし、同じく、長和二年四月十三日には中宮(妍子〉・藤原斉信よりの贈り物を皇太后宮に献じた一等品の中に、「琴一張・和琴一張」と見えており、「和琴」とは書き分けている。道長は「箏」もしくは、文選読み表記「箏御琴」についても現存本で七箇条で言及しており、これも書き分けている。例えば、寛弘七年正月十一日には四日後の十五日に犬宮(敦良親王)五十日の祝いが行われ、楽人達の演奏用として、藤原頼親から螺鈿の箏を献上されているのがその典型である。くわえて、この時献上された横笛「葉二つ」は『江談抄』第三・五十段等の説話にも登場する名品である。

 したがって、以上の『御堂関白記』の記事中、単独で「琴」と表記される、長和元年十一月二三日条と長和二年四月十三日条の二例は、確実に七絃琴のことであると認定できるように思う。ただし、「琴等」のある場合は、残念ながら「琴」「箏」が併記される例が見出し得ないので、いわゆる絃楽器の総称「琴(こと)」であって、「箏」「和琴」が含まれる可能性があるから注意を要する。しかし、単独で「琴」と表記される例が確実にあるので、前記七絃琴二例は確言できようかと思われるのである。このような楽器の書き分けと表記法は、「箏御琴(そうのおんこと)」のような、文選読みの踏襲とともに、現存『うつほ物語』『枕草子』『源氏物語』と同様である。
 いずれにせよ、道長には、当時極上の一等品が献上されているが、中でもとりわけ高い価値観が琴にあったことが知られよう。
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