物語学の森 Blog版 菅茶山「開元琴の歌」
菅茶山「開元琴の歌」
2015-11-20 Fri 08:02
  序はダメ出しが多いので書き直すことにしました。そこで、江戸時代の漢詩人・菅茶山(1748~1827)の「開元琴の歌」を加えます。茶山は、詩会に参加した際、法隆寺旧蔵開元琴の模造琴の詩題を与えられ、東アジアと我が国の古代中世の文化受容の歴史を詠み込んだ七言七十句を書き残しました。その一部を心覚えに書き留めます。※は注記。

  開元琴の歌。 西山先生の宅に諸子と同じく席上の器玩(きがん)を分じ賦す。余、此を得たり。      菅茶山

先生所蓄亦雷様 先生の蓄(たくわ)ふる所も亦 雷様(らいよう)、     ※西山拙齋の琴は雷様形式
音其古淡貌其妍 音は其れ古淡にして 貌(ぼう)は其れ妍(けん)なり。  ※形状はあでやかだ
余今対此心多感 余 今此れに対して 心に感ずること多し。
長句不覚酔語顛 長句覚へず 酔語顛(すいごてん)するを。  ※呂律が回らず駄句を連ねる
維昔李唐全盛日 維(こ)れ昔李唐全盛の日    ※唐の李王朝
歳修隣好通使船 歳どし隣好を修して使船を通ず。  ※玄宗皇帝時代は三回派遣
滄波浩蕩如衽席 滄波浩蕩(そうはこうとう)として衽席(じんせき)の如く、     ※青海原はねぐらのようだ
生徒留学動百千 生徒の留学 動(やや)もすれば百千。      ※遣唐使の留学生
吉備研究盧鄭学 吉備研究す 盧鄭(ろてい)の学、 ※吉備真備は経学を廬植と鄭玄に学んだ。
朝衡唱酬李杜篇 朝衡(ちようこう)は唱酬(しようしゆう)す 李王((×杜))の篇。   ※阿倍仲麻呂と李白、王維。
此時典籍多越海 此の典籍多く海を越(わた)れるは、
豈止服玩与豆籩 豈に止(た)だ服玩(ふくがん)と豆籩(とうへん)とのみあらんや。   ※日常器具と儀礼祭器
一朝胡塵塞道路 一朝胡塵(いつちようこじん)道路を塞(ふた)ぎ、 ※安禄山の変は胡人による
彼此消息雲濤懸 彼此(かれこれ)消息雲濤懸(うんとうはる)かなり。 ※情報は雲か海か見分けられぬほど過少
鴉児北帰郡国裂 鴉児(あじ)北に帰って郡国裂け、     ※李克用と朱全忠の乱を言う
白雁南渡衣冠殫 白雁(はくがん)南に渡って衣冠殫(つ)く。   ※元の世祖が宋を全滅させたこと
我亦王綱一解紐 我亦た王綱(おうこう)一たび紐を解き、 ※律令制が瓦解し、平安の世終わる
五雲迷乱兵燹煙 五雲迷乱(ごうんめいらん)す兵燹(へいせん)の煙   ※五色の雲も戦火に乱れる
壇浦魚腹葬剣璽 壇浦魚腹(だんぽのぎよふく)剣璽を葬り、  ※壇ノ浦の安徳帝は剣と璽を持って入水
芳河花草埋錫鑾 芳河(ほうが)の花草錫鑾(ようらん)を埋む。 ※吉野川の草花が後醍醐帝の車を埋めた
                                          
『黄葉夕陽村舎詩』前編
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