物語学の森 Blog版 漱石俳句と琴
漱石俳句と琴
2015-11-19 Thu 08:54
  『日本琴學史』校正作業は待ったなし。夏目漱石の俳句中、琴にまつわるものは8句と数えた文献がありましたが、昨日、確認したところ、琵琶法師に関する句を除いても十句以上ありました。明治31年の「春雨の隣の琴は六段か」は、八橋検校作曲の箏曲「六段の調」。のち、明治38年(1906)に公刊された習作小説『一夜』にも、季節は初夏の物語ですが、隣から琴と尺八が聞こえてきて、その巧拙を云々するくだりがあります。ただし、自作の漢詩「春日静座」(明治31年(1899))の韻を作中内で引用しており、こちらは琴(きん)。

東隣で琴と尺八を合せる音が紫陽花の茂みを洩れて手にとるように聞え出す。すかして見ると明け放ちたる座敷の灯さえちらちら見える。「どうかな」と一人が云うと「人並じゃ」と一人が答える。女ばかりは黙っている。…
「蓮の葉に蜘蛛下りけり香を焚く」と吟じながら女一度に数弁を攫かんで香炉の裏になげ込む。「?蛸懸不揺、篆煙遶竹梁」と誦して髯ある男も、見ているままで払わんともせぬ。蜘蛛も動かぬ。ただ風吹く毎に少しくゆれるのみである。…
「顔は」と髯なしが尋ねる時、再び東隣りの合奏が聞え出す。一曲は疾くにやんで新たなる一曲を始めたと見える。あまり旨くはない。…
「珊瑚の枝は海の底、薬を飲んで毒を吐く軽薄の児」と言いかけて吾に帰りたる髯が「それそれ。合奏より夢の続きが肝心じゃ。――画から抜けだした女の顔は……」とばかりで口ごもる。

 明確に琴(きん)を詠んだ句は、最晩年、大正5年(1916年)の春、「桃に琴弾くは心越禅師哉」で、江戸琴學の創始者で明の亡命僧・東皐心越(とうこう しんえつ、崇禎12年(1639年) - 元禄9年9月30日(1696年10月25 日))が登場するもの。

熊本時代
明治29年(1896年)

素琴あり窓に横ふ梅の影
紅梅にあはれ琴ひく妹もがな

明治31年 (1899)

春雨の隣の琴は六段か
片寄する琴に落ちけり朧月

明治32年(1899年)

梅の花琴を抱いてあちこちす
琴に打つ斧の響や梅の花
槎牙として素琴を圧す梅の影
門前に琴弾く家や菊の寺

小説執筆時代
明治43年(1910年)

君が琴塵を払へば鳴る秋か
冷やかに抱いて琴の古きかな

明治45年/大正元年(1912年)
琴作る桐の香や春の雨

大正3年(1914年)
つれづれを琴にわびしや春の雨
一張の琴鳴らし見る落花哉

大正5年(1916年)
琵琶法師召されて春の夜なりけり
桃に琴弾くは心越禅師哉
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