物語学の森 Blog版 高見順『闘病日記』
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このBlogは、私が物語研究の途上で出会った様々な発見や、物語をともに学ぶ人々との出逢いを綴ったものです。ごらんのみなさんにも物語文学の深遠なる森の如き世界の一端をお知りいただければ幸いです。
高見順『闘病日記』
 荷風の『断腸亭日乗』は、磯田光一の岩波文庫の抄録が便利。ただし、高木文への言及は、1/5ほどしかなく、いざとなると全集にあたるほかはない。荷風(1879年(明治12年)12月3日 - 1959年(昭和34年)4月30日 )と高見順(1907年(明治40年)1月30日 - 1965年(昭和40年)8月17日))は約2世代違うとあって、死去は四年しか違いませんが、文語で漢語を駆使する前者と比べると、『闘病日記』の文体は、まるで空気が違う。
 自身が癌であることから、物故した人の覚え書きも同病の人が目に付きます。佐藤春夫、正宗白鳥、谷崎潤一郎も前後して逝去。同年生まれで、同じく癌で翌年亡くなる亀井勝一郎の病状も編集者から聞いた話を刻々と綴っています。また、母は八十余年の天寿を全う、母には息子の末期癌は知らせず、夫人に葬儀一切を委ねています。

 なかに昭和39年10月13日、詩集『死の淵より』の見本が出来てきた記事に目が留まりました。豪華本で1400円を「高い」と書き、開館を控える日本近代文学館のために、献本は三百数十名にのぼり、二割引、送料は出版社持ちとのことですが、「印税の三倍近くが自分の著書の購入費になるわけだ」とあります。逆算すると印税は10万円余、物価は当時の二倍とも四倍とも言われ、私立大学の授業料は8万円とのことだから、詩集の印税でも十分数ヶ月の生活は可能。文部科学省のデータは1975年からしかありませんが、それなりの判断材料にはなります。
 「最後の文士」は、昭和39年には菊池寛賞も受賞して100万円を得ているし、文化功労者も死後追贈、経済的にはもちろん豊かな人であったと知りました。


2015-11-16 Mon 07:23
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